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過去と亜子とぼくと

「僕は今が好き。」
「どうして?」
「会話に散りばめられる記憶が嫌い。」

何色が好きだった?   思い出はなに?   
        小さい時の夢は?  中学校で何部だった?

「今だけでいいでしょ。」
応えはいつもそれ。

だから亜子は聞いたんだって

「じゃあさ、行きたい場所はある?」

「ここ」
    2人で言った。
「ここ」

「でしょう」
亜子は笑った。
「そうだよ。ここにずっといたい」
「そう言うと思った。今ここだけなんだよね。」


亜子からこんな会話をしたって聞くと、なんて難しい子だと思う。
私はわかりやすい人がいい。
ちゃんと自分の事を話して聞いたことには答えてくれる人がいい。
亜子はそれで幸せなのかとたまに思う。

亜子は高校に行くのを週に3回と決めてから、すっごく元気になった。
あとの曜日はダンスレッスンに行く。
午前中から大人のクラスにも参加できると喜んでいる。
そして練習が終わると
その子に会いに行く。

「友達だって言っているけれど完全に恋しているよ。」
私は妹の事を母親に伝える。母は笑っている。


亜子とその子が出会ったのは駅のコンビニで
その子が働いている姿が格好良かったんだって。
亜子は立ち読みを装いながら
その子の仕事を惚れぼれと観察するのが日課になり
気がついたら喋るようになっていたそう。



・・・・・   ・・・・    ・・・・
「簡単にそこにあるのに
見るのが難しいものってな~んだ?」

ダンスの他に亜子が好きなのは
空を切り取る事。

「寝そべりながら移動したらさ、ずっと眺めていられるのにね。」
亜子はそんなことを言いながら、毎日のように空の写真を見せてくれる。
朱や碧や桃や緑の空は
例えばオーロラを見に行かなくても
身近に素晴らしい世界があることを教えてくれる。

「ずっと上を向いているのは難しいよね。」
「え、それって。。人生みたいじゃん。」
そう言いながら見上げる
私達の 空は
今日は やけに 紅い


・・・・・   ・・・・    ・・・・
変な噂が流れ出した。
未知のウイルスが広がっていて、いつか日本にもやってくると。
そうしたら家から出られなくなって、友達とも会えなくなるって。。

亜子は心配になって コンビニに飛んでいった。

「もしも明日から会えなくなったら どうする?」
「どうするって・・・」
「突然明日 会えなくなるかもしれないんだってよ。」
「もしも とか かもは 苦手だよ。」
「考えておこうよ。待ち合わせ場所とか。」
「う~。じゃあさ、今からそうなったことにしようよ。」
「え?」
「それなら考えられる。」
「・・・・」
「離れたらもう会えなくなるんでしょう?」
「うん。たぶん」
「じゃあ、もう離れるのはやめよう」
「え?」

突然その子が家に来たのは その日から。

2人はとても丁寧に私達に事情を話し
しばらく家に泊めて欲しいとお願いしてきた。

噂は世の中を じわじわと くすぐっていたけれど
毎日は何も変わらない。
それが現実になるわけがない。
だったら
気が済むまで泊めてみようと思った。


・・・・・   ・・・・    ・・・・
名前は純くんだった。
それぞれに学校に行き
亜子がダンスの時には純くんも一緒に行き
純くんがバイトの時には亜子がイートインコーナーに座っている。
2人で家を出て2人で帰ってくる生活。



・・・・・   ・・・・    ・・・・
「過去が来た」
ある日の急な来客に純くんが言った。

私は少しホッとした。

もしも誰からも連絡がなかったら
純くんが何者なのか本当に分らないし
家出少年なら私は未成年誘拐になる。

コンビニでちゃんと働いている。

それだけを頼りに私は純くんを信用していた。


純くんは施設の育ちだった。施設長は
「純くんはあと1年で施設を出て自活しなければいけない。それが早くなっただけなのかな。ご迷惑でなければお世話になります。」と私に頭を下げ
純くんに「いつでも戻っておいで。」と言って帰って行った。

それから
純くんの過去が
何人 来たか。

施設の仲間が入れ替わり来たり
そこの近所のおばさん。
学校の友達も。
どれだけ愛されてんだ。と私は思った。


・・・・・   ・・・・    ・・・・
驚いたのは高級車で乗り付けた母親が来たときだった。


「純菜」


「え?なんと?」
聞き返す私に純くんも亜子も笑った。

今まで来た人達は
誰もそう呼ばなかったよ。

男の子じゃないのか。。。

よく見ればムダ毛もないし、声も低い方ではない。
けれど筋トレが好きで整った体。。

亜子が付き合っているから男の子だと疑わなかったのか
それとも自分が最初から人への懐疑的な見方をしないからなのか
とにかく疑うような引き出しもない自分だった。

母親が帰った後に
「可愛い男の子としか思っていなかった。」という私に、純くんは
「キレイめ男子が理想なんで嬉しいです」と言った。
そして
「良かったよ。あの人のところで育っていたら、僕は純菜のままだった」
と、初めて過去を語った。



・・・・・   ・・・・    ・・・・
純くんの父親も おまけみたいな感じでやってきた。
施設長から聞いた所では10年は顔を出していないから父親は来ないだろうと言っていたのに、夕暮れに佇んで純くんを人ごとのように哀れんだ。
「仕事が日本になったから一緒に住もう。」
お金持ちを見せびらかしたいような風貌で
赤ピンクの空がまるで似合わない人間だった。

どうして?今更一緒に?

後から純くんに聞いたけれど
大きくなったら子どもを頼りたくなる親は、割といるそう。

父親は純くんのことを純と呼んだ。
例え 純菜から 純くんに なっていても
一生気がつかないと思えるほど
視線が合わないで終わった。

純くんはずっと笑って ただ
「今日はありがとう」と言った。



そして

本当に

ウイルスが蔓延した。



亜子と純くんは


幸せになった


とさ。