自分らしくとか、自分の時間軸とか、そういうことの雑記
私は46才のデザイナーです。
デザイナー歴は、デザイン事務所を経て36才からフリーランスで、26年。
わーもう、人生の半分以上マウス握ってる。
ここ数年、フリーランス人口が増えてきて、自分らしく、とか自分の時間軸とか、そういうワードを見かけることも多くなったように思います。
で、かくいう私。
私がフリーランスになったのは、自分らしく生きたいとことさら思ったわけではなく、成り行きというか、そもそもデザイン事務所に在籍し続けることができなかったというか、、一番マシな選択肢だったからです。
やりたいことがない時は、
やりたいってほどじゃないけどやりたくなくはないことの中からマシなやつを選べ。
これはうちの父の教えで、18才で進路を迷った時に言われたセリフです。
心温まる名言ではないし、どうにも歯切れが悪いけど、汎用性は高い。
36の時にフリーランスになったのも、まあ、そんな感じ。
子供産んで保育所難民で、うちでデザインするくらいしかないよなって、ほそぼそとやってたら所得が発生して、税務署に自営業として届出してくださいね、て言われて、、
易きに流れるようにフリーランスに足を突っ込んだわけです。
自分らしいといえば、この上なく自分らしい
「自分らしく」とか「自分の時間軸で」とかいう発想は全くなかった。
なので、
「独立して、うちで子供を見ながら好きな仕事できるなんて理想だね」とか
「自分の時間を大事にできて良いね」とか、
フリーランスデザイナーという肩書きに対して、良さげなイメージを持たれると、肩身が狭くなる。
もちろん、違う、そうじゃないって必死に言い訳されても相手も困るだろうから(というかフリーターだと同情されてる可能性もある)、笑って誤魔化してるんだけど、
そういうところも含めて、本当に私らしいというか、、。
46才にして、未だ地に足ついてないこの感じ。
私らしく生きたいと取り立てて思ってるわけでもないのに、46になってもなお、
私らしく流されて行き着いてる、この感じ。
おそらく巷で言われてる「自分らしく生きよう」キャンペーンは、こんなのじゃない。
自己啓発書の帯にも、
「息苦しさを感じてないですか?
自分らしく生きられてますか?
いつも誰かの言葉を気にして、自分の軸がわからなくなってないですか?
本当の自分を取り戻して自由になれる指南書」
とか書いてるわけで、間違っても、
「息苦しさを感じてないですか?
自分らしく生きられてますか?
いつも誰かの言葉を気にして、自分の軸がわからなくなってないですか?
そういうの、めっちゃお前らしいね」
とは書かれないし、というか、編集者頭おかしいでしょ。
私らしいって、良くも悪くもない、普通の私なわけで
こういうひねくれたことを思ってるのも、私っぽくて、
子供にまで厨二病呼ばわりされる所以です。
自分でもちょっとどうかとは思ってます。
まさか、四十路を過ぎてまで、やたら斜に構えためんどくさいババアになるとは、、
でもまあそれも、私らしいので。
たぶん18才の私が聞いても、
「46才までそんな感じとは想像してなかったけど、まあ想定内」
っていうでしょ。
らしさより、視界を確保すること
雑記だけど、一応結論めいたことを。
フリーランスでも会社員でも、というか生きてたら息苦しさを感じることはままある。
恵まれた時代・国・環境に生まれ育っても、しょーもない私なりにしょーもないつらさは経験する。
相対的に見てつらさ自体が甘々でも、自身の甘々さで相殺されるので、つらいものはつらいのだ。
そんな時は、自分らしいとか云々は考えない。
そもそも私らしいから、私らしいつらさに陥ってるのだ。
つらい時に私が自分に言い聞かせるのが
「つらい時は視野が狭くなってる時(悲劇でなければ)」です。
※悲劇でなければ〜〜というのはまた改めて、、
視野が狭い、雨やらなんやらでよく見えない。
だいたいのつらさは、それが原因だと思ってる。
つらい時は、できるだけ見回してみるようにしてる。
良くも悪くも、他人に影響されながら自分らしさのバランスをとるしかないんだし。
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