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自己中男がしがみついた家族のカタチ~大阪・妻子3人殺害事件~

平成22年1月24日

大阪市内の飲食店の厨房で、男は仕込みの真っ最中だった。
誰もいない店内で、男は黙々と下ごしらえをこなす。いつもは店に来るような時間ではなかったが、男はどうしてもこの時間に引継ぎをしておく必要があった。

全ての下ごしらえが終わると、男は仕事の手順などをメモに書き置いて、店を出た。
正月気分がようやく抜けようとしている1月下旬。行きかう人々の波にのまれながら、男は買い物を済ませネットカフェに入る。
個室に入ってひとりきりの空間を確保すると、男の脳裏に今朝方の自宅の様子がありありと浮かんできた。
コンビニで購入したカッターナイフを見つめると、その手が覚えている「あの感触」までもが甦った。

1月25日午後4時、男は北区の曽根崎警察署に出頭。
男は24日の未明、妻と子供二人をその手にかけていた。

事件まで

男は名を浜田誠(当時42歳)といい、妻・早智子さん(当時42歳)、長男・優希くん(当時15歳)、長女・愛香さん(当時12歳)と3人で淀川区十三にある戸建ての社宅で暮らしていた。

調理師の仕事をしながら、愛香さんのスポーツクラブの送迎や、優希くんの学校行事に参加するなど、誠を知る人々は「子煩悩な父親」だったと話す。
妻の早智子さんも、子供のために日々節約をしながら自身は仕事をいくつも掛け持ちし、とにかく子供第一に考える善き母親だった。
仕事も、自宅近くで保育士の仕事をしながら、一方で将来のために医療事務の職業訓練に通うなどしていたという。
子供達も非常に両親と仲も良く、周りから見ればまったく問題がない家族に見えていた。

しかし、誠には「秘密」があった。

調理師として仕事をする傍ら、数年前から株に興味を持つようになり、独学でその知識を得ていた。そのうち、ネット上にあふれる「指南本」に手を出し、本格的な株取引を始めるのだが、そうそううまくはいかなかった。
株取引の資金は自分の小遣いでは到底賄えず、消費者金融から用立てた。最初は数万円の損失だったのが、少しずつ増えていき、ある時数百万円の損失を出してしまう。この時は、勤務先の飲食店のオーナーが損失分を貸してくれたことで凌いだようだ。
もともと気心の知れたオーナーであったようで、誠のために早智子さんにも内緒で、かつ、返済についても無理しなくてよいという、神様のような人だった。

しかしそれが仇となった。
誠は自分のカンの悪さ、博才の無さに気づくどころか、その場をしのげたことでさらに株にのめりこんでしまう。もちろん、500万円という大金を返済するには、コツコツと返し続けるか、あるいは一撃で稼ぐかになるわけだが、誠は後者を選んだ。もうこの時点でフラグは立っていた。
借金に借金を重ね、消費者金融からの借金は気づいたときには500万円を超えていた。
次こそは、と挽回を夢見ているうちに、消費者金融からの借り入れもままならなくなり、そして返済も行き詰まるようになっていく。

家族の関係は傍から見れば悪い点が見当たらなかったというが、早智子さんはいつのころからか周囲の親しい人に「夫との関係がうまくいっていない」と言うようなことを漏らすようになっていた。
しかし、それはどこの夫婦にでもある類の悩みと周囲は受け止め、また早智子さんもそれ以外は全く悩んでいる様子を見せてはいなかった。
早智子さんは誠の身に何が起きているか知らなかったという。夫婦仲は次第に会話もなくなり、平成22年ころにはかなり険悪な状態にあったようだ。

誠は債務整理のために弁護士に相談した。今でこそ様々なやり方もあり、法律事務所によっては家族に知られないような方法で債務整理を担ってもくれるようだが、その時は「自己破産」を勧められた。
ただご存じの通り、自己破産は家族に知られずに行うことは不可能に近く、誠はそれを嫌がった。
誠は次第に、追い詰められたような気持ちが募っていった。

事件当日

日付が変わった1月24日の午前2時すぎ、誠は家族が寝静まっていることを確認すると、1階で寝ていた長男・優希くんを、そして2階の和室で寝ていた早智子さんと長女・愛香さんの首をそれぞれ絞めて殺害した。誠はそれ以前に、確実に眠らせるため睡眠薬も飲ませていた。
そしてそのまま職場である飲食店へ行き、冒頭のようにその日の仕事についての準備を一通り終えたのである。
飲食店では、普段絶対にしないような時間帯に全ての下準備が終えられ、なおかつ、仕事の手順を記した書き置きがあったこと、そして誠本人が出勤してこなかったことを不審に思っていた。
その頃誠は、「死に場所」を求めていたと思われる。

コンビニで購入したカッターナイフは、最初からそうしようと決めていたものではないが、手に取った。
ネットカフェで酒をあおり過ごした時間は実質一晩であったが、誠には何日にも感じられたという。

結局、ためらい創が数か所で来ただけで自殺することは出来なかった。

家族を殺害した以上、どうすることもできない誠はそのまま曽根崎署へ行き、自宅で家族を殺害したことを話した。
その後、警察官らが十三の社宅に駆け付け、母子3人の痛ましい姿を発見することとなったのだ。

誠は、当初借金苦で無理心中を図ったような話をし、実際に報道でも借金苦による無理心中事件という取り上げられ方だったが、よくよく調べてみると誠の本音は借金苦以外のところにもあったことが窺われた。

さらに、この夫婦の隠されたもう一つの事実に世間は言葉を失うことになる。

妻の預金

事件後、捜査員らはある事実を把握していた。しかしそれは、借金苦に家族を殺害したこの夫には到底告げられないような事実だった。

早智子さんが働き者で、節約に節約を重ねていたことは、早智子さんを知る人々の口からすでに語られていた。
しかし、その早智子さんの「節約」がもたらしたものについては当初は報道されていなかった。
早智子さん名義の預金通帳には、なんと2000万円もの貯金があったというのだ。
調理師の給料がどの程度かは分からないものの、住まいが社宅であったことなどでおそらく早智子さんの給与はほとんど貯蓄に回していたと思われる、というかそうでもないと15年で2000万円は結構キツイと思うんだけど。。。
誠が使った株の資金も、消費者金融から借りた上に早智子さんには内緒だったことから見ても、この貯金は家族の預金というより早智子さんの考えで、早智子さんの使い道があって貯められていたものだろう。
報道でも、「子供たちを大学にやるために」一生懸命仕事をしていたとされていたこともあり、この2000万円の使い道は子供たちの進学費用だったと推測できる。

捜査員に限らず、この事実を知った多くの人はなんというオチがついたもんだと複雑な思いを抱いていた。
当時の報道でも、「夫婦のすれ違いが招いた痛ましい事件」「夫は妻の貯金を知らず、妻は夫の借金に気づかなかった」など、あたかも「貯金の存在を夫婦で共有できていれば起こらなかった事件」であるかのように伝えられた。
O.ヘンリーの名作、「賢者の贈り物」を引き合いに出す人も現れた。もちろん皮肉を込めてやけど。

もしも誠が早智子さんの貯金を知っていたら、この事件は起こらなかっただろうか?

殺害の本音

裁判の判決文が公開されていないため、認定された内容などは全くわからない。
弁護側は当時心神喪失であったとして減刑を求め、検察は責任能力に問題はないとして無期懲役を求刑した。
大阪地裁の和田真裁判長は、「株取引で借金苦に陥ったのは自業自得」と一蹴し、「強い殺意に基づく非情で残酷な犯行」と断罪して求刑通り無期懲役を言い渡した。
本人無理心中のつもりだったと言いつつ、カッターでちょんちょんの傷しかついてなかったらそりゃ説得力もないよねー。

誠は借金にも苦しんでいたが、同時に妻・早智子さんとの不仲にも悩んでいた。
この、悩んでいた、という表現が正しいかどうかは実は怪しく、誠は悩んでいたというより妻に対して憎しみのようなものも抱いていたのではないか、と思われる節がある。
というのも、裁判で誠は、「借金がばれれば、妻に離婚の口実を与えるだけでなく子供たちの親権も取られてしまう」ことを危惧していたと述べた。
妻にバレて嫌われるのが嫌だ、だけならばわかるが、株の動向は見越せなかったものの、誠は夫婦のその先については見越していた。

実際に夫婦仲は冷え切り、事件の半年ほど前からは誠が日課にしていた娘の送迎にも姿を見せなくなっていた。
さらに、借金というのは建前で、実は妻を殺害することに重きを置いていたのでは?と思わせるような供述もしている。
誠は、子供を殺害したことの理由として、裁判では「(自分だけが)自殺すれば子供たちが悲しむので子供達も殺した」と弁護士を通じて主張していたが、捜査段階では「殺人犯の子供、と非難されるのが哀れで、子供達も道連れにした」と言っているのだ。

この二つの証言は似ているようで大きく違うことはお分かりいただけると思う。
誠は実のところ、早智子さんの思うようになどさせない、そのためには離婚しても子供たちは絶対に手放せないと考えていたのではないか。
しかしそこへきて自身の借金がのしかかった「だけ」ではないのか。

そこで思うのは、はたして早智子さんの貯蓄の存在を誠が知っていたら、この事件は起きなかったのか、ということである。
誠は、自己破産という選択肢があったにもかかわらずしなかった。それはひとえに、自身の体面、妻に有利な離婚の条件を与えたくないという、子供のことなど微塵も考えないものだった。
しかも、裁判で誠は「宝くじが当たっていたら心中はやめよう」と思っていたと話したというから救いようがない。

一方の早智子さんはどうだったか。
早智子さんは誠の借金を知らなかった。ゆえに、もしも誠の借金を知っていたら、十分補填できる貯蓄があったのだから事件は起きていないのでは、と言う人も少なくなかったし、この事件を引き合いに出していかに夫婦間の会話が大切か、といった主張もみられた。
報道でも、「やりきれない」といったフレーズが用いられた。

ちょっと待って、ねぇよく考えて。なんで妻の貯金があったんだから借金500万円くらいで悩まなくてよかった、みたいな話になってんの?なんで「妻に清算してもらえる」のが前提なの?ねえなんで?
早智子さんは誠に借金があると知ったとして、それを補てんしただろうか?
もしもあなたが、夫婦間も冷え切りもうこの人とはやっていけないな、と離婚も視野に入れていたとして、その夫の借金、しかも株てて!!みたいな借金が発覚したとして、「大丈夫よ、私の貯金をおつかいなさい」などと言うだろうか?言うかバカ離婚だ離婚。

本当にこの夫婦が不仲で、会話もないような状態だったのだとしたら、そこで愛が復活など絶対にしない。誠が言うように、おそらく早智子さんは自身の貯蓄をよりどころに離婚へと舵を切るだろう。
だから、誠の焦りや不安は正しいのだ、間違いなく捨てられ子供たちの親権も早智子さんに行っただろう。
むしろ、誠がその早智子さんの貯蓄を知ったならば、それこそ捜査段階で言っていたように妻を殺害する事を目論んだであろう。

この夫婦は賢者でも何でもない。早智子さんは普通の人、そして誠は自己中極まりない人間だったのだ。
それでいて「家族」というその形にこだわった。ましてやその家庭が壊れ、愛しい我が子が「妻にとられる」ことは、誠にとって絶対に許せないことだった。
事件の2年ほど前までは、愛香さんのために友達を家に招いては調理師である誠が腕を振るうということがよくあった。愛香さんの友人らにも誠のもてなしは好評だったという。同じく父親の背中を見ていたのだろう、優希くんの将来の夢は誠のような調理師だった。

そんな二人の輝ける未来は、大好きな尊敬する父親の手によって断たれたのだ。

愚者

事件後、浜田一家が暮らした十三の戸建て社宅の玄関前には花束が絶えなかったという。
早智子さんも子供達も、周囲と良好な関係を築いてこの場所で生活していたことがよくわかる。誠も本当はそうだったのだ。
それにしても誠はなぜ、株などに手を出したのだろうか。それ以外に借金があったという話は出ていないし、ギャンブルなどにのめりこんでいたということもなさそうだ。

一方で、早智子さんのこの貯蓄額には正直違和感も覚えた。
大手企業に勤めているわけでもない、調理師と保母の夫婦が、田舎であればともかく大阪のど真ん中で子供二人を育てながら1年間に100万以上の貯蓄が出来るんだろうか。二人の子供がいることから、2~3年は思うように仕事を掛け持ちなども出来なかった時期があることを考えればなおさらである。
もちろん、全てが結婚後に早智子さんが蓄えたのではなく、独身時代のものも含まれたかもしれないし、親などからの贈与もあったかもしれない。
にしても、だ。

誠が株に手を出した要因の一つに、そういった早智子さんの切り詰めた生活態度が関係はしていなかったのだろうか。総額2000万にのぼる貯蓄は、なにも夫婦仲が悪くなってから貯め始めたものではなく、長い年月をかけて貯められたはずだ。ということは、早智子さんはハナからこの貯蓄の存在を夫である誠に知らせるつもりはなかったのだろう。
それが誠の調理師としての収入と、社宅に助けられたうえでの貯蓄であったとしても。

浜田誠は平成23年2月28日に無期懲役の判決が下されたが一旦は控訴した。
しかし、その後取り下げ確定、裁判長の言うとおり、生涯をかけて償いと反省の日々を送っている。

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