「バランス」を「バランス」で取る毎日。
シンガポールの日本人小学校。
この春は今迄よりもはるかに長い春休みに突入して1週間が経過。
早くも気が触れそうな毎日を送っております。
特に気を張るのが主人が自宅で仕事をする日。
雀の涙ながらも仕事をしている私は、自分の自宅作業と子供の世話 (特にケンカさせない事)に終始ピリピリしていて、もう誰もハッピーじゃない環境にどっぷり。
だいぶ収まった歯ぎしりもまた始まってきてるようで歯のコンディションも宜しくなく。。
これがあと1ヶ月続くなんて....
もうゲッソリ.....
何事にもバランスはある。
自分のバランスが他人のバランスと同じかと言うと恐らく100%違うと思います。
育児に60%、仕事に40%という人もいれば、仕事に60%、趣味に40%という人もいるだろし、趣味に60%、家事に20%、仕事に20%のような強者もいるかと思う。
バランスの心地良さは人それぞれで、取れているバランスも人それぞれだと思うんですね。
で、また、更に掘り下げると、そのバランスを取っている下で、その人のバランスを取っている人もいて、
まるで「やしろべえが」ちょっとずつズレて、その「やじろべえ」の下で別「やじろべえ」の触れているパーツでバランスを取っているような。
( やじろべえって何だよ。と言われそうですが。)
絶妙な具合でバランスを取りあい、全体でうまい具合に調整されているんだと思うんです。
なので、1つの「やじろべえ」が少しでもバランスを崩したら全体的にバランスがおかしくなり、その全体の調和がなされるまで暫くの時間を要するんだと思うんです。
とっても分かりやすくて如実に出るのが家庭なのかな。
一旦専業主婦だった奥さんがフルタイムに戻った際には奥さんのバランスは元より、ご主人のバランスも嫌が上でも変えなければならないし、
子供が小さいなら尚更の事で、
子供が熱を出したので休みます。と休ませる事になったら自分も仕事を休み、休んだ事によってその仕事を誰かが済ませるようになったら、その代わりを務める人がこなすはずだった案件は明日へ持ち越しにしたり、と。
または自分の予定を変更して、変更した先の予定も変えてもらったりと。
こう考えるとやっぱり人って一人じゃ成り立たないんだな。と思いませんか。
常にどこかで誰かの「やじろべえ」が自分の「やじろべえ」に触れていて、支えられ、また、頼られてる。
と、「春休み長いんだけど、これどうすんの?」から話が遠のいてしまいましたが、今はバランスをほんの少しずつ変えて、廻りにもほんの少しずつ頼って過ごしていくしかないなと悟ったわけでした。