『文体の舵をとれ』練習問題① 問1

※問題を引用してよいものかわからなかったので習作だけ載せています。どういう文章なのか気になる人は本を手に取ってね。(ル=グウィン、アーシュラ・K『文体の舵をとれ』大久保ゆう訳、フィルムアート社、二〇二一年。)

以下本文(所用時間45分)

 光が消えたその木の枝は見るも美味そうで、男はよだれを垂らします。えいっとばかりひとくちぺろりと舐ってみれば、活が体に回るが如しで、五臓六腑に染み渡ります。よもやよもやと持ち帰り、村の若人に与えてみれば、甘い甘いという者あり、辛くていけないという者もあります。変わった味がするがなんとも言えん、次々に移り変わるようだとも思われます。これは面妖なと、村一番の物識りを訪ねて問うてみましたところ、目を輝かせ鼻息荒く、これはどこにあったものかと質します。へえ、山の中に生えてあったんでさあ。辺りには何もなかったか。へえ、辺りには何にもなかったんですが、こいつが奇天烈でしかたねえ、ぱあっと明かりが灯って見に行ってみりゃあ木だったんでさあ。ではその前に何かおかしなことはなかったか。おかしなことでも何でもねえですが、そんときゃ雨が降ってましてね、あたしも困った困ったと木陰に隠れておったんでさあ。そしたらどぎゃんと雷様の音がしましてね、思わずしょんべんをちびるところでしたよ。その光る木は雷の落ちた方にあったか。へえ、間違いねえ、おんなじ方でした。そう聞くが早いか、物識りは駆け出します。案内(あない)せよ、疾くついて参れ。慌てた村人は何事かと後を追います。ああ、これです、間違いねえ。と指した木にはまだ幽かに熱があると見えます。とはいえ見たところ何の変哲もないただの木です。しかし物識りは嘆息しつつこれであるかこれであるかと目を蕩かせている。おかしな人だねえ、物を識ると憑き物でもあるのかしらん、と囁き交わす村人たちへ、物識りが向き直ります。皆、よく聞いてくれ、これは人ができたのである。何のことだかわからねえといった顔をする村人へ、物識りは重ねていいます。舐ってみるたび味が変わる、それはまさに人の世と同じ。わたしは人を作る研究をしておったのだ。昔の物語に曰く、光る竹の中に娘あり。それをわたしは考えておったのだ。そうかそうか、雷様であったのか、人の命を作るのは。得心のいかぬのは村の者たちです。じゃあこれを切れば人が出てくるものかと男が一人、慌てたばかりに手に持ったままであった斧を振るってみます。そうするとどうしたことか、木がひょいとばかり飛びのくではありませんか。目を丸くした村人たちをよそに、木は物識りに言います。そうか、おれを作ったのはお前か。そうだ、わたしがお前を産み出したのだ。もちろん嘘です。ただ物識りは少しばかり気が大きくなっていたのでした。そうかわかった、今に見ておれ。おれは人になどなりたくなかったのだ。そうして今度は枝を振るい振るい山の奥へ逃げ出すのでした。さてこの二人、あるいは一人と一本がその後どうなったのか。長いお話ではございますが、耳の穴をかっぽじって、よくお聞きくださいませ。


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