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急性アシドーシスとの闘い

救急では様々な場面で pH が酸性に傾いたアシドーシスに出くわす。

ほとんどの場面でアシドーシスはわれわれの攻撃目標ではない。言い換えれば,それはわれわれが倒すべき「病因」の本体ではなく,あくまで仮の姿なのだ。

しかし,「ほとんどの場面」でそうではあるが,一部では介入すべき対象になることがある。この見極めが一つポイントになる。

手を出すべきではないアシドーシス

医師国家試験の勉強をしていると,「治療の選択肢に「重炭酸(メイロン®)」が出てきたらそれは除外する」という処世術がある。これはアルカリ物質の重炭酸が治療選択肢に滅多になりえないという意味だ。一般的にはアシドーシスは,それ自身が治療対象ではなく,原因の方を治療すると間接的に治ってくるという位置づけだ。

代表的なアシドーシスを呈する場面

糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)

意識障害で搬送された人の血液ガスを測ってみたら,血糖値が 800 mg/dL もあった!おまけにひどいアシドーシスだ!なんてのはよく目にする光景。

だいたい糖尿病性ケトアシドーシスを最初に見たら,その高すぎる血糖に目を奪われてそればかりをどうにかしようとしてしまう。そして次にアシドーシスが気になってしまうだろう。

急性期疾患と対峙するとき,敵(病気)の攻撃目標(治療対象)はどこなのかを知っておく必要がある。そしてそれは往々にして直感的なものとは反していることがよくある。

糖尿病性ケトアシドーシスは直感的には高血糖,アシドーシスが気になるが,まず対処すべきは「高浸透圧による高度脱水症」だ。高血糖により上昇した血漿浸透圧のせいで,細胞から水が抜かれ,あまりに高すぎる血糖で本来なら腎臓で再吸収されるはずの糖が尿中に漏れて(取りこぼして)しまう。糖あるところに浸透圧あり,ということで尿も浸透圧が上昇して体外に水が持っていかれてしまう。つまるところ体からじゃんじゃん水が出ていって,体はカラカラになってしまうのだ。

初療でとにかく水を入れまくったら,ようやく血糖を下げる段取りに入る。インスリンの持続静注だ。初療はだいたいここまででokだ。あれ?アシドーシスは?アシドーシスはだいたいこれで勝手に治る(もちろんフォローは必要)。

そもそもこの病気は糖がうまく使えないためにやむなくケトン体が出てくるわけで,こいつがアシドーシスを増悪させている。インスリンを投与して糖の利用を促進してあげればケトン体は自然とお役御免となる。そうなるとアシドーシスは自然軽快するというわけだ。もちろん脱水による腎障害からくるアシドーシスもあるので一概には言えないが,だいたいこれで片がつくことが多い。

ちなみに DKA について以前にもネタにしたことがあるので,合わせて参照してほしい。


Septic shock

Septic shock の診断基準に qSOFA というのがある。これには呼吸数が入っている。なぜ呼吸数をカウントするのだろうか?なんかしんどそうだから?

qSOFA の呼吸数は 22 回以上を陽性と取る。つまり過換気状態かどうかをみる。過換気とはどういう状態だろう?過換気は体が pCO2 をできるだけ下げようとしているということだ。ではなぜ下げる必要があるのか?pCO2 が下がるとはどういうことなのか?

pCO2 が下がるということは呼吸性アルカローシスになる。つまり pH が上がる方向に動く。pH は正常域内で収まるのがしぜんだから,pH をあえて上げようとしているということは,pH のベースが低いと予測できる。つまりアシドーシスが隠れている可能性があるということだ。

qSOFA の呼吸数はアシドーシスが隠れている可能性を見つけるための項目なのだ。

Septic shock のアシドーシスの原因はなんだろうか?大きく 2 つ考えられる。1 つは循環不全によるアシドーシス。そしてもう 1 つは腎機能障害によるアシドーシスだ。

どちらかと言うと病態上は前者の可能性が大きく,急ぐのも前者だ。前にも言ったとおりアシドーシスは,それそのものよりも原因を叩かないといけない。循環不全によるアシドーシスなら,循環不全をどうにかしないといけない。というわけで,ここでも大量輸液からはじめ,ある程度入ったら( ≧ 30 mL/kg )血管収縮薬で昇圧をはかるのだ。これにより循環不全の改善を図る。原因がクリアできればアシドーシスも改善するはずだ。

実際,Septic shock の代謝性アシドーシスに対して積極的にアルカリ製剤で治療しましょうなんて記載はない。

こんな感じで基本的には内科的な急性アシドーシスは原因に対処することで自然軽快することが多い。

急性腎障害(AKI)

体内には酸塩基平衡を調整する器官は 2 つある。肺と腎臓だ。呼吸が止まれば呼吸性アシドーシスになるし,腎臓がやられれば代謝性アシドーシスになる。

急性腎障害は腎臓自体がやられる腎性,腎臓への血流や還流の悪化によるものが腎前性,尿路の閉塞によるものが腎後性と分けられる。いずれにせよ急性腎障害による急性代謝性アシドーシスでは,この原因の本丸である腎臓にアプローチしなければいけない。

急性腎障害で知っておかなければいけないのは,緊急透析の条件とタイミングだ。尿が出ないからと行って急いで透析をしなければならないわけではない。この話は以前の投稿でもしたので参考にしてほしい。

ごく稀にアシドーシスを無理やり薬で戻すことがある

そもそも,なぜアシドーシスはよくないのか?

身体は多くのタンパク質からできている。タンパク質に特定の機能が負荷されたものを酵素と呼ぶ。この多くの酵素が身体中で働いているため,生命は適切に機能維持されている。

酵素はある程度の条件下で働くようになっている。寒すぎても熱すぎてもいけない。そして pH が高すぎても低すぎてもいけない。アシドーシスがひどすぎるということは,すなわち pH が低すぎるということであり( pH < 7.1 程度),酵素が機能不全に陥ってしまう。酵素が働かないということは全身の細胞レベルで機能不全に陥るということを意味する。

生理学的な研究では,このような極端なアシデミア環境下で左室収縮性の減衰,不整脈,動脈の血管拡張や血管収縮,そして血管収縮性カテコラミンへの反応性の傷害に関連する血行力学的不安定性を生じうることを示唆している( Am J Kidney Dis. 2001;38(4):703. )( Am J Physiol. 1988;254(1 Pt 2):H20. )( Kidney Int. 1972 May;1(5):375-89. )( Am J Physiol. 1990 Apr;258(4 Pt 2):H1193-9. )( Am J Physiol. 1990;258(6 Pt 1):C967. )( Crit Care Med. 1991 Nov;19(11):1352-6. )( Cardiovasc Res. 1994 Sep;28(9):1312-9. )( Nat Rev Nephrol. 2012 Oct;8(10):589-601. Epub 2012 Sep 04. )。

このような場合は原疾患の治療(たとえばショックの治療)をしようにも,カテコラミンが効かず,結果としてアシドーシスも改善できないというジレンマに陥ってしまうことがある。

また,このような極端なアシデミア環境下ではアルカリ製剤による pH の上昇が重症急性腎障害の患者での死亡率を下げたとの報告がある( Lancet. 2018;392(10141):31. )。

いつやるのか/介入の条件

UpToDate では上記の研究結果を踏まえて,次のような提案になっている。

急性代謝性アシドーシスの患者において,動脈血 pH 7.1 〜 7.2 ,かつ重症急性腎障害がある場合,アルカリ化療法を実施しないよりは静注の重炭酸療法の実施を提案するGrade 2B )。動脈血 pH 7.1 かそれ以上で,重症急性腎障害のない患者には,通常は重炭酸ナトリウムを投与しない

UpToDate 2018年6月 Practice Changing Update

どうやるのか/介入の方法

重炭酸療法とはつまりメイロン®の投与である。ここで面白いのは,日本ではメイロンの投与の際には Base Excess と体重から必要投与量を計算する。一方,UpToDate では「とりあえず投与してみて反応を見る」というエンピリック投与方式を採用している。その理由は擬似的な計算結果はアシドーシスの重症度により大きく変化し,またその変化事態も劇的だからだとしている(下記)。

メイロン® 添付文書より

We prefer empiric approach to the dosing of bicarbonate, rather than calculating the dose based upon the "bicarbonate distribution space." The bicarbonate distribution space is a virtual concept and not a true anatomic space. Its size varies markedly with the severity of the metabolic acidosis. In addition, since bicarbonate can be rapidly generated or decomposed, its apparent distribution space can change dramatically.

UpToDate ”Bicarbonate therapy in lactic acidosis”

どちらかと言うと救急の場面ではそのほうが臨床にあってる気もする。エンピリック投与の具体的な方法は,

・初期目標は pH > 7.2 であり/もしくは血清重炭酸濃度 > 16 mEq/L 
・体重あたり 1 〜 2 mEq/kg の重炭酸を投与する
・7.5% の重炭酸ナトリウム( 44.6 mEq/50 mL ),2 アンプル( 100 mL )を 1 〜 2 分以上かけて投与する。(※アンプルは米国規格なので適宜日本のものに変換してください)

非常に明快でわかりやすい。

実際に上記の方法で治療介入してみてカテコラミンの反応性が上がったのを肌身で感じた。

重炭酸療法の弊害

弱みを知っている人こそ,真の強い人である。

重炭酸療法のリスクを知っていることは重要である。とりあえずドバドバ入れてみら呼吸が止まった,なんてことも起きうる。

基本的に上記のタイミングと投与量を守れば過剰補正にはならないだろう。過剰補正すると(正常域を超えてアルカレミアまで持っていくと),今度は身体は正常域に戻そうとしてアシドーシスにしようとする。このような変化に代謝性代償はおいつかないので,呼吸性代償が働くことになる。呼吸性代償でアシドーシス,つまり pCO2 を貯める方向に働くので,換気を抑えるようになる。そしてひどいと呼吸停止になる。

また別の観点では,重炭酸ナトリウムはかなりの浸透圧負荷とナトリウム負荷になる。高ナトリウム血症や,浸透圧の影響で細胞内から細胞外へ水分の移動が起こる可能性もある。

こう考えると,たとえばメイロン8.4% 250 mL製剤( 50 mEq 重炭酸ナトリウム/50 mL = 2000 mOsm/L !! )を全部投与しました〜みたいなお気楽なインシデントにはならないだろう。

たとえ 8.4% 製剤を使うとしても 1 〜 2 mEq/kg を守れば 50 kg の体重の人でも 50 〜 100 mL しか投与しないはずだ。

まとめ

基本的にはアシドーシスは重炭酸では治療しない,というのは変わっていない。しかしあまりにひどいアシデミア( pH < 7.1 )では,介入せざるを得ない状況もある。その時の対処法も知っていると,患者を地獄の縁からすくい上げることができる一助になるかもしれない(間違っても地獄の底に落とすような雑な重炭酸投与にならないように注意したい)。

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