「「能力」の生きづらさをほぐす」 (著 : 勅使川原真衣) の読書録

あらすじ


 「「能力」の生きづらさをほぐす」 (著 : 勅使川原真衣) という本を読んだのでその感想を書いていきたいと思います。本書は著者の真摯でひたむきな姿勢がとても素敵な一冊でした。
 本書のテーマは「能力」。「コミュ力」が大事とか、「生きる力」を養えとか、「リーダーシップ」を身に着けろなどは学校や職場で言われたことも多々あるのではないでしょうか。獲得が出来れば望ましい「能力」、しかしながらそのような「能力」が身に付いていないことを盾に、ダメだしされることもあります。そのような状況で、自分の在り方と「能力」の狭間で苦しめられる人も少なくないでしょう。世の中でもてはやされる「能力」ですが、いったいなぜもてはやされているのか、昔はどうだったのか?、誰が旗を振っているのか?、学問的にはどのように研究されてきたのか?、企業はなぜ「能力」を鍛えることに血眼になっているのか?、それらのことを明らかにしていき、これからの「能力」との向き合い方を考えるのが本書です。

構成の特徴


 ストーリーとして母と息子・娘の対話文で進んでいくのが特徴です。平易な文章で書かれているので、テーマとしては難しいモノ扱いながらもすっと入っていきます。しかも母が幽霊という設定が巧みです。企業勤め2年目で会社から「使えないやつ」という烙印を押されてしまい「能力」について息子が悩んでいるさいに、母が幽霊として現世に突如戻ってきます。「能力」について大学で研究し、コンサルティング会社で勤務経験を有する母は、息子と高校生の娘とともに、息子を悩ませる「能力」について議論を進めていきます。はたしてこれからの社会を生き抜くための「能力」との向き合い方は見つかるのでしょうか。

読み始めたきっかけ

 本書を読み始めたきっかけは、たまたま私も「能力」についてなんなんだろうなぁと思うことがあり、「能力」について考えるいい題材になるのではということで手にしました。「能力」に関する本は「私的所有論」 (著 : 立岩真也)や「格差という虚構」(著 : 小坂井 敏晶)を購入しているのですが積読状態であり、なかなかちゃんと向き合う時間を設けられていないところでした。最近、勤務先の人事制度が能力主義にシフトされたり、○○力が足りないと上司に言われたりされたので、「能力」とは何ぞやと思っていました。そんな中で本書のタイトルを目にし、何か手掛かりになるかと思い購入しました。

実際に読んでみて

 本書では学校や企業で「能力」がどのようにもてはやされるようになったかの歴史的な経緯がわかりやすく書かれており非常に勉強になりました。特に著者の分身と見られる幽霊の母は、社会学者の苅谷剛彦氏や教育学者の本田由紀氏の同門であるということで、「能力」が学校や企業でどのように受け入れられ、それが変容していったかについて丹念に書かれていました。さらに学術的な側面の説明だけでなく、コンサルティング会社に勤めていたという経歴もあり、企業に対してどのように「能力開発」や「人材開発」系の適性検査や研修プログラムなどが売られているのかについても詳しく書かれており、自己啓発系ビジネスの構造を垣間見ることが出来ました。
 「能力」を身に着けること、鍛えることに関しては年々社会の圧力が高まっており、加えて市場も成長していることも記されています。そんな中で本書で悩み苦しむ息子のように「能力社会」に適合できない人はどうすればいいのでしょうか。その答えは、本書を読んでいただければと思いますが、実際に読んだところ確かに部分的な解決法ではあるかもしれませんが、根本的な解決にはならないないものです。そもそも資本主義社会で資本主義の歪をどのように解決すればいいかということに関して根本的な解決方法はないように、「能力社会」でその歪みを簡単に解決するものはないのでしょう。
本書の終わりでは悩める息子さんも、「能力社会」の苦しみと向き合いながら仕事にも取り組んでいこうということで締められていますが、あとがきに著者メッセージにも記されているように、なかなか簡単なことではなく、本書一冊程度では「能力社会」の歪の是正につながることは難しそうなことが吐露されています。
 著者について言及すると、本書の幽霊である母の設定がそのまま著者の経歴であるようです。息子と娘の二児の母かつまた乳がん闘病中であると記されており、それらも関係して幽霊という設定が使用されているのでしょう。
 著者の経歴、ストーリーの設定を踏まえると、本書は著者の人生の経験を詰め込んだ提言書とも読めますし、暴露本的な見方、懺悔本的な見方、そして息子・娘へのエール本ともとらえられます。非常に丁寧で真摯な議論の進め方と、幽霊母からの息子と娘への愛情が感じられるストーリーで、著者の本作にかける思いが伝わってきました。本書だけでは今直面している「能力」の問題の直接の解決にはならないかもしれませんが、社会の「歪」と向き合うための第一歩としておススメな一冊です。


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