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競技かるた第69期名人位決定戦感想 永遠に縮まらない1枚

 2023年1月7日に競技かるた第69期名人位決定戦・第67期クイーン位決定戦が行われました。名人位決定戦・クイーン位決定戦ともに白熱した試合でしたが、その中でも名人位決定戦は正に歴史に残る白熱度合でした。そんな第69期名人位決定戦について書いていきたいと思います。

 今回私は名人位決定戦の会場である近江勧学館に行きました。というのも名人位決定戦の出場者である粂原挑戦者が大学の先輩であり、その応援のためでした。粂原選手は昨年の第68期名人位決定戦で川瀬選手に敗れており、その借りを返す戦いでした。ひいき目の予想でもありますが、粂原選手が練習を積んでいることは風の噂で聞いており、名人位復位の可能性は50%以上はある、負けるとしても第5戦まではもつれ込むことになるのではと思っていました。

 今回の名人位決定戦は川瀬名人にとっては初防衛戦でした。歴代の名人においては、防衛できなかった方は誰一人もいません。そのため、しばしば名人位決定戦は現役名人が有利だと言われております。特に初めて名人位決定戦に出場した挑戦者の勝率は悪いことが知られており、初出場で名人位を獲得した方は現名人である川瀬選手を除くと (初出場者同士の名人位決定戦も除く) 全員が永世名人の称号を獲得しております。そんな中で、粂原選手が昨年と立場を変えて挑んできたことは、川瀬名人にとって最強の刺客と言えるでしょう。初防衛戦において名人位経験者と戦う事例はわずか2例しかありません。粂原選手も3年前の名人位決定戦では岸田元名人と戦い、2連敗を喫したものの、そこから3連勝という劇的な勝利で防衛を達成しております。2年連続の同一カード、昨年見事な強さを示した名人 vs 帰ってきた最強の挑戦者、試合前から激戦が予想されておりました。

 私は現地へ行ったものの、試合会場では観戦をせず、母校の関係者と映像で試合を観戦していました。1回戦は中盤までは接戦だったものの、最後は粂原挑戦者が抜け出し、7枚差で勝利しました。試合を観た印象では、昨年見せた川瀬名人の鋭い攻めが抑えられており、自陣の守りを重視しているようでした。2回戦はこの守りを重視している姿勢をどのように切り替えるのかに注目していました。2回戦に入ると、1回戦とは異なり川瀬名人の鋭い攻めが光ります。体感トレーニングで鍛えたであろう全身を生かした払い・突きで粂原選手の陣を攻めてきます。接戦で試合が進むものの、最後は運命戦で川瀬名人の陣が出て、粂原選手は敗れます。1勝1敗となりましたが、内容自体は特段問題はないように思え、名人位復位に向けて悪くない展開だと感じていました。

 3回戦も序盤・中盤は接戦で進みます。終盤に川瀬名人にミスが出て、7枚差で粂原挑戦者が勝利します。昨年は3回戦を落としており、非常に大きな勝利ですです。粂原挑戦者が残り1勝に対し、川瀬名人は後がない状況です。川瀬名人が追い込まれた中でどのようなパフォーマンスを発揮するかに注目しながら4回戦が開始されます。4回戦は中盤から粂原選手がリードされる展開になります。不利な局面の中で、粂原選手が動きます。昨年までの代名詞であった右上段に札を固める配置に変更するのです。今回の解説では、右上段に札を固めるスタイルをオールド粂原、1~3回戦で見せた比較的バランスが取れた配置をニュー粂原と形容されていました。これは厳密には間違っていると思います。あくまでも粂原選手は勝つため戦略を決定しております。昨年までは右上段のスタイルで名人戦を勝利していたことから、右上段に札が多い配置=粂原スタイルと捉えられていたのでしょうが、実際は岸田元名人との名人位決定戦の1~2回戦でも右上段に札を固める配置ではないスタイルで戦っておりました。昨年の名人位決定戦において、川瀬名人が鋭い攻めで右上段を攻略したことを受けてメインの作戦から右上段多様配置を外したと捉えるのが正しいでしょう。土壇場で出てきたオールド粂原ですが、効果的に働いており札の枚数差が縮まっていきます。しかしながらお手つきもあり、最終的に4枚差で川瀬名人が勝利します。

 両者2勝2敗となり、次が最後の試合となりました。泣いても笑っても最後、どちらが勝つかも予測不能な展開です。とにかく粂原挑戦者が力を発揮できること、思いっきりプレーができること、そんなことを祈りながら5回戦が始まりました。5回戦も引き続き接戦です。そして両者5-5で最終盤を迎えます。1枚1枚読まれる度に仲間と祈りながら、観ていきます。取る・取られるで歓声と悲鳴が混じりながら、ついに1-1の運命戦を迎えます。そして最後に読まれたのは川瀬名人の陣であり、川瀬名人が守り勝負は決着しました。

 5回戦までもつれ込んだ第69期名人位決定戦。最後は運命戦での決着でした。両者昨年よりもパワーアップした白熱の戦いでした。粂原挑戦者を応援する側としては、粂原選手のパワーアップを感じながらも互角に張り合う川瀬名人も驚異的でした。初防衛戦というプレッシャーがある中で、初防衛を失敗した名人は歴代ではいないというジンクスの中で最強の刺客が送り込まれる中で、見事な実力を見せつけました。日々たゆまぬ鍛錬を行っていることがうかがえ、またWebサイトや動画を活用した普及活動に尽力する熱意の裏付けが感じられました。

 正直試合を観ていて、5回戦で5-5になった時点で、どちらも名人にふさわしい、両者名人でいいのではないかという気持ちも芽生えてきました。5試合通して非常にハイレベル内容であり、両者の鍛錬の深さが伝わってきました。仮に粂原選手以外の方が挑戦していたらどうだったでしょうか。実力がある選手は様々いますが、あの舞台に立って川瀬名人とあそこまで張り合うことが出来る選手は正直いないのではないかと思わされました。5試合通じて、ハイレベルな二人の世界を見せつけられました。

 最後の決着は運命戦でした。1枚差で川瀬名人が勝利し、初防衛を成し遂げました。この結果は、粂原挑戦者を応援していた自分としては非常に厳しく・残酷な結果でした。両者の実力は甲乙つけがたいものです。仮に100試合したら、50勝50敗になるのではと思わされるぐらいです。しかしながら名人位決定戦は5回戦までです。各試合には引き分けはありません。どこかで決着はつくのです。粂原選手は今回で6年連続で名人位決定戦に出場しています。名人位決定戦に6年連続で出場した方は永世名人を除けば、粂原選手ただ一人です。しかしながら粂原選手は昨年に川瀬名人に敗れていますので、永世称号を獲得するには連続5期ではなく、通算7期で達成する必要があります。今回勝利できていれば、最後に札が読まれていれば、永世名人への扉が再び開けていたのです。それが、あの実力の高さで閉じられてしまったのは非常に厳しい世界だと痛感しました。昨年、今年の名人位決定戦で運命戦は4回ありましたが、全て川瀬名人の陣が読まれています。これが1回・2回は逆であったら、結果が変わっていたのかもしれないということが頭によぎりました。川瀬名人にとってはプレッシャーがかかる初防衛戦で名人位経験者という最強の挑戦者を下したことは大きな自信になるでしょう。今まで、名人位決定戦に初出場して名人位を奪取した人は全員永世名人になっています (松川名人辞退の第17期は除く)。このジンクスに従えば川瀬名人は永世名人称号を獲得することが有力ですがいったいどうなるのでしょうか。今後川瀬名人を倒すような選手は現れるのでしょうか。

 どんなにいい試合を二人がしても引き分けがないかるたは、どちらかが勝者になり、どちらかが敗者になります。その結果は永遠に残り、その結果の正当性が追及されることはありません。この勝負の厳しさ、残酷さ、儚さに思いはせていた時に、ふと第10回アメリカ横断ウルトラクイズのあのセリフを思い浮かびました。第10回アメリカ横断ウルトラクイズは、番組の決勝戦史上No.1の名勝負と言われています。10ポイント先取の決勝戦で、10-8で森田さんが西沢さんを下して優勝をします。敗れた西沢さんが最後にスタジオで発したのが「永遠に縮まらない2ポイント」。激闘を繰り広げながらも、あと一歩で優勝を逃し、結果は永遠に覆らない。そんな中で発せられたこの言葉は非常に印象的です。今回の名人位決定戦もまさに「永遠に縮まらない1枚」と言えるのではないでしょうか。激闘は終わり、歳月は経過します。そんな中でも今回の「永遠に縮まらない1枚」は様々な歴史の転換点として、静かに輝き続けることを予感させる大きな大きな1枚だと思わざるえません。皆様も5年後、10年後、どこかでこの1枚を振り返ってはいかがでしょうか。

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