予防保存をする
ペーパーコンサベーションは、
「壊れたものを直す」ことから「壊れないように予防する」こと
が大切な役割となっているというお話を前回させていただきました。
それでは、「予防する」とはどんなことなのか。
今回は、「予防保存」という考えが生まれた背景とどんなことをすることなのかお話いたします。
フィレンツェの水害
1966年11月4日、イタリア中部の都市、フィレンツェを流れるアルノ川が大雨で氾濫し、多くの美術品、図書、建造物などが被害を受けました。
被害の大きさに世界中から保存修復家やボランティアが集まり、復旧活動計画がユネスコを主導にして開始されました。
この被災資料復旧計画から保存修復作業の規準が考えられました。
さまざまな地域から集まった保存修復家は、それぞれのやり方、考え方があり、修復処置も一様ではありませんでした。
そこで、保存修復の知識や経験を共有するとともに、作業の仕方の世界規準が必要となりました。
図書分野では、フィレンツェの水害を契機として設置されたIFLA(国際図書館連盟)資料保存分科会によって発表されました。
発表された「図書館におけるコンサベーションと修復の原則」(1979年)の中で、
「資料保存は、予防と治療で成立する」とし、治療(修復)は常に資料の変更を意味するため、どうしても避けられない場合でない限り、施すべきではないとしています。
そして、どうしても避けられない場合は、修復記録の作成を行い、修復材料の選択には適合性・耐用性・安全性を、修復技術の選択には処置の可逆性を第一に考慮する、という方針を示しました。
この方針は、
どうすれば資料の損傷を防げるのか、
資料のオリジナリティを維持するにはどうすべきか、
という2点に重点が置かれた方針と言えると思います。
その後、1986年に「IFLA資料保存の原則」が改訂され、「直すより防ぐ」「利用のための保存」という考えが、
1998年には「IFLA図書館資料の予防的保存対策の原則」が発表され、
「多くの図書館でも行える予防対策の実施」について取り上げられました。
保存修復の原則
現在、保存修復の原則として次の4つにまとめられています。
① 原形保存の原則
保存にあたって、資料の原形をできる限り変更しない
保存手当・修復処置は必要最小限にとどめる。
② 安全性の原則
資料に影響が少なく、長期的に安定した非破壊的な保存手当・修復方法
や材料を選択する。
③ 可逆性の原則
資料を処置前の状態に戻せる保存手当・修復方法・修復材料を選択す
る。
④ 記録の原則
保存の必要上、やむをえず原形を変更する場合は、元の状態がわかるよ
う、記録をとる。
保存修復処置の記録をとる。
予防保存とは
まず保存環境・展示環境を整えること。
温湿度の管理、大気汚染など汚染物質からの遮断、カビや害虫などの被害防止 防災・セキュリティの整備、光・紫外線からの制御などがあげられます。
次に、正しい資料の取り扱いをすることとともに、
日常的に正しい取り扱い方をしていく必要があると説明していくことも重要です。
そして、最も大事なことは作品や保存環境の状態を調査することです。
環境を整えて終わりではなく、定期的に調査・点検をし、以前と変化したところはないか、適切な温度や湿度が保たれているのかなど確認することで作品を良い状態で保つことが可能となります。
これが、予防することで良い状態を保つ、すなわち「予防的保存」という考え方です。
まとめ
資料保存に必要な要素について、神庭伸幸先生の著作にまとめられているものを引用させていただき、今回ののまとめとさせていただきます。
資料保存のための3つの要素
1.作品(資料)および環境の状態調査(診断)
2.予防保存: 輸送中あるいは展示中の環境変化から作品の安全を確保 温度・湿度変化の安定化
窒素酸化物やホルムアルデヒドなどの汚染空気の排除
材質に応じた照度の設定と紫外線など有害な光放射の排除
害虫やカビなどの駆除
作品の取り扱い
輸送に伴う振動や衝撃の軽減対策
防災対策 など
3.修理保存: 実際に損傷を持つ作品に修理を施して安全を確保する
(引用:『博物館資料の臨床保存学』武蔵野美術大学出版局、2014より)