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連載版「十束神剣百鬼夜行千本塚」 #14

障子戸に映った厭わしい輪郭を直視する。それは牛車のように見えた。くびきながえも無い牛車の屋形やかたから、牛の首が生えているのだ。荒々しい息遣いと、その呼吸に相応しい、むくけつき大男の四肢を具えていた。

「怪を語れば怪いたるとは言いますが、これは……」

僕らは百物語などしていない。ただ一つの寓話でさえ、半ばで終えて眠りに就こうとしていたところだというのに。小刻みに震える牛車の怪物が、嘶きと共に両腕で自らの車輪を回し始めた。このままではまずい。致命的な何かが解き放たれる気配が感じ取れた。

「……手回し発電ですね。若様にも判るように言うと、雷神を呼び寄せる儀式のようなものだと思えばいいでしょう」

それだけ聞ければ十分だった。稲妻を鎧兜で防げるはずも無い。僕は丸腰のまま布団から飛び出して、一足飛びに障子戸を引くと名前も知らぬ怪異と対峙した。明らかに狼狽えている。それは一見して百鬼夜行の怪物ではなかった。此処が侍の家だとは知らずに来たのだろうか。まずは怪異が回す車輪を力づくで止める。これで雷神を呼ぶ儀式とやらは続けられなくなった筈である。車輪を回すのを諦めた怪異の両腕が僕の首に伸ばされる。たった今、自分が目の前の相手との力比べに負けたことが牛の頭では理解できなかったのであろうか。望むところだ、そう思った瞬間のことだった。

「なりません、若様!!」

男一匹、怪異との取っ組み合いに水を差すような忍者の横槍が入った。いつもの苦無ではない。これ見よがしに振り回す鎖鎌でもない。それこそ落雷のような轟音が響いた。爆雷であった。牛車男はもんどりうって倒れた。馬乗りになって追い打ちをかける好機。それを押し留めたのも僕の忍者だった。

「百鬼夜行の伝承、その始終をお忘れになったわけではありますまい」

それなら僕も知っていた。確か、母親は大事な幼子を車輪の怪異に連れ去られるのだったと記憶している。(続く)

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