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連載版「十束神剣百鬼夜行千本塚」 #33

こちらは魔剣を求めて魔窟に入りたる身の上、ならば怪異との遭遇に平常心を失っているようでは先が思いやられるというもの。お面だけの般若は緩慢ながら確実に、こちらとの距離を詰めて来る。好都合だ。金棒を振りかぶって迎え撃つ、そのつもりであった。
金棒は空を切った。これは僕が七歳の頃から振り回している金棒だ。斯様に大きい的に当てられぬなど考えられないことであった。
ここが地上で、敵が尋常の動物であるならば。

「若様の金棒、敵の身体を通り抜け申した」

背後から落ち着き払った忍者の声。「交代しますか?」と問い掛けているような声色。癪に障るが、主君を気遣うのが忍者の仕事だと言われれば、それまでだ。
金棒が駄目なら、いよいよ魔剣に頼るより無し。弓も石火矢も手元に無い以上は、これが通じなければ手詰まりだ。
そう思うが早いが、第一の魔剣〈首実検〉が鞘走る。抜剣せんと我が腕に念じるより早く抜き身の魔剣が僕の手の裡にあった。迷っている暇は無し。空振りした後の事も考えずに全身を撓めて凍てつく刃を振り下ろす。空振りもせず、しかし怪異を真っ二つにすることも叶わなかった。岩でも叩いたような手応えがあった。次に背筋に寒気が走った。いよいよ敵に手番が回ったことが嫌でも理解できたからだ。
四肢の無い怪異が、如何なる攻手を繰り出すものか。般若の姿が消え失せた。逃げたのではない。姿だけを、それも半ば残して消え失せたのだ。
半分の般若が魔剣と僕の体を冷たい風となって過ぎ去った。それは恐ろしい冷気であった。この国と近隣諸国と、それから大陸の月も見えない真冬の夜の猛吹雪を集めて固めてぶつけられたような思いだった。折れたる魔剣を杖にして倒れそうな体を支えるので精一杯であった。

「では、次は私の番ということに」

前衛の侍が前後不覚となってしまえば、後衛の忍者に累が及ぶのは必然だった。魔剣は折れた。金棒は放り投げてしまった。残るのは、掻盾しかない。(続く)

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