合唱アレンジをするにあたり考えたこと〜日本の合唱〜NHK合唱コンクール2024にみる小中高等学校の課題テーマ「チェンジ」の意味
合唱の編曲にあたり、日本における合唱のあり方、とりわけNHK合唱コンクール2024のテーマについて調べました。
イントロ 西洋音楽の形式の合唱
西洋音楽で合唱は古くはアカペラ(Acapela)で歌われていました。一人一人の歌声が重なり1つの美しいハーモニーとして鳴り響くのは、神秘的です。ビートではなく、和音の推移、強弱の推移が、音楽の推進力となっていて、その希求には、自分の声を他人の声へ委ねるような心理、他人の声を受け入れる心理、そして積極的な信仰心が働くのではないでしょうか。
W.A.Mozart 「Ave verum corpus K.618」
この西洋音楽の形式の合唱は、明治時代に本格的に日本に流入し、学校での教育現場で本格的に普及しました。戦後はアメリカのポップス文化が流入してきたことから、テレビやラジオでの視覚マスメディアでは、ポップスの形式つまり1人の歌手がマイクで歌い、踊り、それをギターとベースとドラムが伴奏する形式の音楽が流行しました。直立不動で斉唱する西洋音楽の形式の合唱は、NHKのみんなのうたや、NHK合唱コンクール、そして教育機関において大きな存続感を発揮し続けています。
最近は、1997年にモーニング娘。そして2006年にAKB48がデビューし、女性ボーカルが斉唱するスタイル、いわば西洋音楽の合唱の形式での歌をポップスソングといて発売されポピュラーなイメージが高まりましたが、その歌が打ち出すテーマや、歌詞や楽曲が醸し出すイメージは、(制服基調のコスチュームでのパフォーマンスとも相まって)学生生活における情緒が大きなメインテーマのように感じられます。
AKB48「桜の栞」公式動画
1.日本の合唱ー教育機関との関係
日本では、西洋音楽の形式の合唱は、教育機関のものが主流であり、そしてその合唱で表現される内容も、自ずと教育機関で触れるものが多くなるようです。
幼児のときは母親や祖母から歌ってもらう子守唄や童謡、民謡に触れて育ちますが、幼稚園や保育園になると童謡や文部省唱歌を合唱します。お家の宗派によっては、つまりキリスト教の幼稚園では聖歌、仏教系の幼稚園では仏教聖歌に触れることになります。(ちなみに、カルミナの演奏活動では、幼稚園にて童謡を演奏すると園児たちがすぐに反応し唱和してくれますが、嬉しいものです)そして続く小中学校・高校から、音楽の一斉授業で教科書に掲載の歌を合唱する機会が増えます。
2.NHKと合唱
練習成果の発表の場として、日本には1932年(昭和7年)に発足したNHK全国学校音楽コンクールがあります。これは「小学校・中学校・高等学校の児童・生徒を対象とした日本を代表する合唱コンクールのひとつ」「毎年新しくNHKが制作する課題曲と自由曲で競い合う教育イベント」(nhk.or.jp 「Nコンのあゆみ」)です。毎年ひとつのテーマの下に、流行作家や詩人による詩、ベテランのクラシックの作曲家人気の高いポップスの歌手による合唱曲で、歌唱の完成度を競います。
出場校は全国規模で、まるで野球部の甲子園のような熱気があります。
以下のページに、エントリー校の演奏の記録動画が紹介されています。ピアノのシンプルな伴奏が瑞々しい10代の歌声を引き立て、どの学校も清廉で健やかな情熱を持って、健闘していることが伝わってきます。
3.「チェンジ」と歌詞
今年2024年のNHK全国学校音楽コンクールの課題曲のテーマは「チェンジ」でした。課題曲を聴いてみましょう。
第91回:課題曲
小学校の部
作詞:宮藤官九郎「かわっただけだよ ヘンじゃない」 同声二部合唱
あされん〜合唱チャンネル〜による「かわっただけだよ ヘンじゃない」の歌唱
【歌詞】
かわった?わからない わかった?かわらない
大きな声で歌ったり はい!
手をあげて発表したり きょねんは楽しかったのに
ことしは なんだかはずかしい
ヘンなの わたしだけ?
(略)
かわっただけだよ ヘンじゃない
わたしのチェンジ ぼくのチェンジ
かわっただけだよ ヘンじゃない
きょねんとことし ちがってあたりまえ
「変わった子を『変わっただけだよ、ヘンじゃない』と励ましてあげたくて」,宮藤官九郎からのメッセージ
中学校の部
作詞:長家晴子(緑黄色社会)「僕らはいきものだから」 混声三部・女声三部
あされん〜合唱チャンネル〜によるあされん〜合唱チャンネル〜による「僕らはいきものだから」の歌唱
【歌詞】
僕らはいきものだから
背丈は伸び 嫌でも腹が減る
このままがいい
ただずっと願っていた
昨日と同じ今日でも
守っていた 尊いおもかげを
このままがいい
今に手を振りたくはない
(略)
僕らはいきものだから
変わってゆく 心も身体も
僕らに待ち受けている
出来事の全てが宝だ
さよならだって繰り返す
変わりゆく僕らが美しいのです
「変わっていくのは、動いている、つまり、生きている、ということ。(略) 変化に立ち向かっていってほしい」,緑黄色社会からのメッセージ
高等学校の部
作詞:俵万智「明日のノート」 混声四部合唱 混声三声部合唱 女声三部合唱 男声三部合唱
あされん〜合唱チャンネル〜による「明日のノート」の歌唱
【歌詞】
一番好きな人じゃあないと やや遠回りにフラれた週末
コンビニの雑誌コーナーで 表紙の誰かが笑ってた
愛は勝つと歌う友
愛と愛が戦うときはどうなるのだろう
平均点との追いかけっこに とうとう負けた夏休み明け
全然勉強してないはずの あいつとあいつが笑ってた
失恋のせい 友達のせい 親のせい 世の中のせい
青春は せいせいせいだらけ
あーせー こーせい いわれても無理!
「イヤなこと思い通りにならないこと(略)どんな経験にも意味はあって、いつかあなたの糧になる。」,俵万智からのメッセージ
「チェンジ」というテーマから、不安という要素がうたわれています。個人差や個性、衝突、進路など、10代が直面する普遍的な葛藤の不安に作者が寄り添ったり励ましたり応援したりしています。繊細なテーマの歌詞の歌唱と、男声と女声によるハーモニーの美しい響きとその緊張感が伝わって魅力的です。
4.エリック・クラプトンの「チェンジ」
ところで「チェンジ」を歌う有名な曲といえば、エリック・クラプトン「チェンジ・ザ・ワールド」が連想されます。
Eric Clapton「Change the world」合唱カヴァー版
【歌詞】
「もしも星に手が届くなら 君のために一つ取ってくる
そして僕の心を輝かせる そうしたら君は真実が見える
(略)
ベイビー、もし僕が世界を変えることができるなら
もし僕が王になれたら たとえ1日だとしても君を女王として迎えるだろう
他の方法はない そして王国を作り上げ、僕らの愛がその王国を支配するだろう」
原曲はポップスです。自由や恋愛、独立精神の主張を、歌詞や楽器編成で直接的に表現することが特徴です。主にシンガーがマイクで独唱するのをギターとベースとドラムで支える形式で、外国の歌手のポップスの歌詞は、強い反骨精神や政治的意見の主張が顕著です。
合唱動画からは、正確な音程に、端正なスイング、確かな歌唱の技術が伝わると共に、メンバー一人一人が、ポップス的な個人の自由な精神や自立性、誇り、ときめきを感じながら歌っていることも伝わってきます。
4.感想ー合唱を楽しもう!
Nコンの課題曲と「チェンジ・ザ・ワールド」を詩から比較してみると、前者は、周りから変わり者と言われることへの受動的な不安、自分が「変わってしまう」ことへの諦観や受容を歌っています。後者は「チェンジ」に対して、世界を自分と恋人の愛の王国に「変えたい」という能動的で強い愛の姿勢を歌っています。
同じ「チェンジ」というテーマも、作品によって解釈の違いが見えて興味深いです。楽曲の性格の違いも考察すると、さらに表現の違いが浮かび上がります。
厳選なる学生コンクールの課題曲、方やギターの神様のラブソングの王道、この両者を比較するのは難しいです。
しかし「チェンジ」というお題による課題曲3種は、全国に大々的に展開し、全国の10代の若々しい感性の学生たちに、青春を費やして歌唱の練習に打ち込まさせることになる曲にしては、内向き過ぎはしないだろうか?とも感じます。また、学問としての合唱作品としての完成度が高すぎると、歌う側も、学びの一環として真面目で繊細にならざるをえないのではないだろうか?世界を変えるぞ!という意欲や意志、強い恋心の表現、愛の表現としての歌を、課題曲になり得るだろうか?といった視点が見えてきて、興味深いです。