夢うつつ湯治日記 番外編~2泊3日 浜辺の旅 12月某日 3
3.2日目 (1)
薄暗いうちに一度目が覚めた。
でも今回は温泉宿ではない、海辺の小さな民宿。
朝風呂に入ることもないので、再び眠ることにする。
うとうとしていると、他の2人も目が覚めたようで、寝返りを打ったり、トイレに立ったりする気配。
再び目が覚めた時は、冬至近くの遅い朝もやっと明るくなってきていた。
「おはよー」
誰からともなく声が上がった。
「朝ごはんは7時半からだよね」
と今回の旅の企画者のよりちゃんが言う。
「あまり時間ないね」
3人で慌てて身じたくをして、階下の食堂に向かった。
「おはようございます」
宿の台所で支度をしている女将さんに声をかけると、
「おはようございます。お茶とお皿が並べてある机に座っていて下さいね。じき、持っていきますから」
との答え。
昨夜と同じ食事用の部屋に入ると、今朝は2グループ作られていた。
昨夜、黒鯛の刺身を差し入れてくれたじちゃん達は、早朝から釣りに行くって言ってたな。
そう思いながら席につく。
あーちゃんが手慣れた様子で、急須にお茶の葉を入れてポットのお湯を注ぎ、3人分のお茶を淹れてくれる。
お茶を飲もうとしていると、女将さんが、ご飯の入ったおひつを持ってきて、もう一人、昨夜と違うお手伝いの
女性が、おかずを盆にのせて運んできた。
おかずの皿を受け取って、並べるのを手伝う。
煮魚、あじの干物の焼いたもの、ハムエッグとサラダ、切り干し大根の煮物、南瓜の煮つけなどが、
目の前に置かれる。
入れ替わりに、女将さんが別のおかずを運んできて、濃い緑の乾いた海苔の破片のようなものが乗った小さな皿を、私達の前に並べた。
「これは、”はば”と言って、この辺りで冬に取れる海藻です。海苔みたいなんだけど、ちょっと厚くて、香りが強いの」
その女性が言い終わるか終わらないうちに、「はばのり!」
とあーちゃんが叫んだ。
「はばのり!食べたかったんです! 貴重なんですよね」
「あ、はばを知ってるのね。そうなのよ。冬の、特にこの12月時期だけのものなんだけどね、最近、潮の温度が上がってきたのか、昔みたいに取れなくなってねぇ。去年は全然だめだったんだけど、今年は少し取れてね、天日で干してるの。ほんの少しだけど。お醤油をほんの少し垂らしてね、ご飯と一緒に食べてみて」
「そんな貴重なものが食べられるなんて」
まず、箸ではばのりを少しつまんで口に入れる。
磯の香りが口に広がり、鼻に抜けていく。
普通の海苔とは違う食感。どちらかというとゴワゴワした硬い感じ。
ご飯と一緒に口に入れて咬む。ご飯の甘味とはばのりの旨味がたまらない。
普通の海苔では味わえない野性味と旨味。
「私、お醤油はいらないなぁ。もうこれだけで、ご飯何倍も食べちゃう」
あーちゃんが感動した様子で言う。
「磯の香りというか海の香りに好き嫌いが出ると思うけど、好きな人には堪らない味だね」
食べながら考えるようによりちゃんが言う。
他のおかずも含め、二人が食材談義をしている横で、私は、部屋を見渡した。
そうだ、写真に写されているお祭りは何だろう。
お味噌汁を持ってきた女将さんに、
「壁の写真のお祭り、舟に旗がたくさんでにぎやかですね」。
と声をかけた。
「ああ、これは、そこの岬の先にある、えびす様のお祭りなのよ」
「えびす様って商売の神様の?」
「ううん、この辺りでは、漁の神様。うちのいとこが詳しいから、手が空いたらこっちに来て説明するように言っておくわ」
しばらくすると、お手伝いに食膳を運んでいた女性が割烹着で手を拭きながら、
「えびす様のこと?」と言いながら入ってきた。
この人は、女将さんのいとこさんだったのか。
「お忙しいところ、すみません。写真のお祭りが珍しくて。海のお祭りの写真は初めて見るので」
申し訳なく思いながら言うと、
「良いのよ。今、ちょっと手が空いたしね。この辺りのことを興味持ってくれるのって嬉しいから」
「えびす様のお祭りと女将さんから聞いたのですが」
「そう。そこの岬の先に祠があるんだけど、大漁を呼ぶ神様だと昔から言われてるの」
「海の神様なんですか」
「そうねぇ。そんな感じかもね。この辺りでは、えびす様は鯨だともいわれているの」
「鯨? あの大きな?」
「そう、時々、迷い込んだらしい鯨が浜に打ち上げられることがあるんだけど、鯨は捨てるところが無いからね、
昔は貴重なたんぱく源だし、油は灯明に使えるし、くじらの髭もぜんまいとか道具になるので、喜ばれたそうで。
あと、鯨に一緒についてきた魚も採れるし。神様からの贈り物…というか、神様が身を挺してやってきたという感じ
ね」
「その祠まで、歩いて行けますか?」
とよりちゃん。
「うん、細いけれど、道はあるわよ。この辺りの人は折を見てお参りに行くしね」
「今日の午前中、この辺りを散歩したいんですけど、おすすめの散歩道ってありますか」
よりちゃんが食いつく。
「そうね、えびす様までの道も悪くないけれど、短いかしら。
丘の畑が広がる方に上がれば、農道は広いし、開けて海も見えて、気持ち良いわよ」
よりちゃんは、さっそくこの辺りのマップをタブレットのアプリで出して確認する。
「この辺りの道でしょうか?」
「そうね、畑ばかりで、特に何もないけれど、景色は良いわよ…特にこの狐塚の辺りは良いわね」
「きつねづか?」
「畑の真ん中に小さな、塚というか、そこだけ畑でなくて木やら草が生えている場所がポツンとあるのよ。
昔から、そこは狐塚と呼ばれてるんだけどね、その辺りは開けていて、ぐるうっとこう周りがよく見えて
気持ち良いところよ。他に何もないけどね~、あはは」
女将さんのいとこさんは、笑いながら言う。
「何か目印は…」と言いかけたよりちゃんより早く、私は
「狐塚というからには、何か狐と関係するんですか?」
と訊いていた。
「ああ・・・昔からの言い伝えでね、うちのばあちゃんなんかよく言ってたけど、
退治された狐が空から落ちてきた場所だとか、時々、あちこちに移動するとか、そこに入ると祟りがあるとか、
…そんなで、そこだけ畑になってないのよ」
「へえ…」
「さっきのえびす様の話と云い、“風光明媚な伝説めぐり散歩”が出来そうだね!」
よりちゃんは、メモを取りながら、にっこりそう言った。
「そのコース、腹ごなしに歩いてみようよ。食べ過ぎたから罪滅ぼしウォーキングと、心の爽やかデトックスね」
あーちゃんも乗り気な声を上げる。
「車は、散歩から帰ってくるまで、うちの駐車場に停めたままで良いし、荷物も預かっておくよ」
という女将さんの申し出に甘えて、3人で朝食後の散策をすることにした。
(つづく)
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