軽田 紋
とある山の奇譚。目に見えるモノ、見えないモノ、人間、動物、有象無象のモノたちが織りなす幻想。
ショートショートのようなものを書いています。不慣れなので「習作」としています。
「夢」と「うつつ」、』フィクションとノンフィクションにたゆたう、温泉の旅日記です。想像の翼を広げて、おうちのお風呂でも旅気分を!
端山茂山奇譚(拾漆) よう、いるか? さっき、山道でこんなのを見つけたよ。 突っ立て泣いてたんだ。 ああ、人間の子だ。 迷ったのか…ちがうな、置き去りにされたんだ。 まあ、可愛そうだがな。これも山の掟だと、他の動物どもと同じように放っておいても 良かったんだが、おいら、なんか気になってな。 こいつ、おいらを見て、泣き止んだんだよ。 で、おいらに付いてきたんだ。 なあお前、弟子が欲しいと言っていたではないか。 動物より人間の子の方が良いだろう?賢いからな。
端山茂山奇譚(拾参) この連なる山々の一番端にある、小さな山。 あそこに住む天狗どもの話を聞いたか? なんでも、江戸から小僧を一人連れてきてたそうな。 そいつは、天狗になりたいと言っていたから、連れてきたとか。 どうやって連れてきたんだ? そこはそれ。天狗は遠くまでひとっ飛びで移動できるからな。 天狗どもは、年中、江戸にいくのか? 江戸だけじゃないな、もの覚えの良い奴の噂を聞きつけては、いろいろな場所に行く。 ただ、江戸に住む人間は多い。だから適材も多いってことだ。
端山茂山奇譚(拾弐) さっき、北から飛んできたやつらが言ってたんだけど、北の空では、翠の龍が飛ぶそうだ。 緑の光の帯のようだと言っていた。 ほう、おれが昔、ばあさんから聞いた話だと、翠の大きな幕が夜空にはためくというが、龍なのか。 あそこの木で休んでいるあいつらから聞いたんだ。 おい、そこのおまえら。 北の空では緑の色の龍が飛ぶと言ってたな。 ああ、いつもではないが、時々、夜になると見える時がある。 龍は、淡く弱々しい時もあるが、ものすごく強く光って天全体を覆うように
端山茂山奇譚(拾壱)ちびちゃんたち、面白い話を聞かせてあげましょう。 わたしが おばあさんから聞いた話よ。 おばあさんは、遠い北から渡ってきた鳥から聞いたそう。 その鳥が言うには、北の空には、空全体を透明な幕がはためく夜があるそうよ。 それはそれはきれいな翠色の光の幕だそう。 何の音もなく、しんとして、ゆらりゆらりと形を変えてはためくんだって。 そして時々、激しく動いて、そういう時は、紅色や黄色に光ることもあって、 それはそれは、神秘的なんだそうよ。
端山茂山奇譚(拾) なんだあれは。 薄暗くぼうっとした霧みたいなものが、こちらに来る。 流れてくるような、もつれて転がるような・・・。 鳥たちが叫びながら逃げておる、 禍々しい気に満ちているな。 生臭い匂いだ。唸り声も聞こえる。 …ああ、生きておったものたちの、うらみつらみの念の塊か。 なんで、ここまで上がってきたのか。 …昨日からあの庵から聞こえてくる、音と声のせいか。 何かを祈っておる…雨乞いか? 雨乞いなのに、あんなものを呼んでしまっておる。 やり
端山茂山奇譚(玖) ずっとあの遠くの山を見ているな。 白い頂の美しい形の山。 どの山よりも高くそびえている。 昔、天の神が、あの山に宿を求めたが、祭りの晩で、断られたそうだ。 そこで今度は、天の神は、この宿に宿を求めたら、同じく祭りの晩だったが、丁寧にもてなしたそうだ。 そこで、天の神は、宿を断ったあの高い山は人が近づかない呪いをかけ、あのように一年の多くを雪が閉ざし、 草木も生えぬ山になったそうだ。 そして、丁寧にもてなしたこの山には、美しい緑と実りをもたらし
端山茂山奇譚(捌) この季節はいい。 風が気持ち良い。 お前は何をみているのだ? ああ、眼下に広がる、あの鏡のように光る広い田を見ているのか。 まだ若い稲の葉が揺れておるようだ。 そして山の中では、かぐわしい花の香り。 時じく香具の実の花の香り。 まさしく天上の天女の香り。 秋になると実る 時じく香具の実。 実は、花とは違う香りだが、これまた良い香りがする。 実は甘酸っぱく、皮は薬になる。 山々の葉が落ち、冬に向かう季節でも、この香りをかぐと、気持ちも晴
端山茂山奇譚(漆) おお、来た来た。 わたしの新しい衣を神輿に載せて、麓から人間たちが登ってきた。 春から夏への装いに変えて、わたしは山の麓に降りよう。 草木がよく茂り、地の恵みがよく育つように、私は麓に降りよう。 大地の気が 恵みに繋がるように。 代わりにわたしの子らが、山に行く。 秋も深まる頃、また新しい衣を持って、人間たちが山に上がってくる。 私も一緒に山の社に行く。 そして私はその衣を着て、再び山の社に住まい、山から里を見守ろう。 私の子らは、今度は
端山茂山奇譚(陸) ああ、よく寝た。 花の香りがここまで漂ってくる。 外に出てみるか。 風は冷たいな。体がまだよく動かん。 日の光に少し温まろうか。 身体半分でも、温まるだろう。 ・・・なんだ、騒がしくなってきたな。・・・ああ、人間どもが来ておる。 花を見に来たのか。 逃げたいが、身体が動かん・・・。 うわ、わしを触ろうとするやつがおる。人間の子どもか。かなわんな。 なんだと?へびだだと? 違うぞ。 ・・・ああ、身体が半分しか出ていないから、そう見えたか
端山茂山奇譚 (伍) 山の頂に近いがな、ここにはいつも水が湧く。 湧いてここの岩の洞に溜まる。 昔、偉い坊さんがこの洞の水を見つけて、名付けた。 この水を飲むといいぞ。 生きる者は、どんな病気も癒える。 死して餓鬼道に落ちたものも、この水で極楽に行ける。 誰がそう言ったって? その偉い坊さんが言ったんだ…とおれは聞いた。 とにかく信じる者は救われるんだ…これは、別の偉い坊さんが言ってたな。 …坊さんとは言わないらしいが。おれはよくわからん。 お前はどうだ?って。
端山茂山奇譚 (肆) へえ、この川の匂いがわかるか。 酒の香りがするって。 この匂いがわかるんなら、教えてやるよ。 この川の上流で、酒を醸し続けている岩があるって話だぜ。 行ってみるかい? おいらは一緒にいけないな。テリトリーが違うんだ。 行ったことないのに、どうして知ってるんだって? そりゃあ、川の水から聞いたのよ。その岩のことを。 このあいだも、同じようなやつがいたから、同じことを教えたよ。 喜んで川の上流へ向かって行ったが…。たどり着けたかどうか、お
端山茂山奇譚 (参) ここでなにをやっておる。 夜のとばりが下りてきたのに、なぜまだここにおる。 夜は、ここは神々のしとねの場だ。 おまえら人間がいられる場でない。 …ああ、黒雲が湧いてきた。 そこの岩の孔から湧くのだ。 しとねを覆うためにな。 雷鳴が鳴り始めたな。 ふうん、まだ帰らぬか。 閃光が始まった。早くここから立去れ。 早く! 立去らぬと…。 ほら、言わぬことではない。 雷が射貫いたか。 愚か者め。
端山茂山奇譚 (弐) ああ、またあの海がぼうっと青く光る時が来たか。 山の端の向こうに続く海が。 水無月の塑月の夜がまた巡ってきた。 水無月の塑月の夜にだけ、あの海が青く光る。 晴れた、穏やかな、月のない塑月の夜にだけ、この山から見ることが出来る。 この修行の山で、運の良い行者しか見ることは出来ないが、 あの光を見た修行者が代々、語り継いでいる。 今年も見ることが出来た。 この光、ある者は『龍灯』と呼ぶ。 また別の者は、雷が鳴る夜、高い梢の先に灯る青い炎を『龍
端山茂山奇譚(壱) 1人かい? こんなところで何やってるんだ? ふうん、修行? なんの? 神通力を持つための? なんで? 人の病気を治したい…殊勝な心掛けだな。 おいらかい? おいらは人間じゃないよ。 わかってるって? だろうな。 遠い昔は、人間だったかもしれないが、忘れた。 人間じゃない時もあったかもしれない。忘れた。 へえ、お前はおいらを怖がらないのかい。 そうかい、気に入ったよ。 なに、修行の邪魔になるから、あっちへ行けって。 まあ、そういうなよ。
かぼちゃ 「おれは“南瓜”って書かれるよ。読み方は“かぼちゃ”だけどな」 すいか 「おれは“すいか”と呼ばれるけど、書く時は“西瓜”だ。おい、とうがん。お前は“東瓜”と書くのか?」 とうがん 「いや、“冬瓜”だ。だけど実が成るのは夏から秋なんだけどな。おい、きゅうり、お前はどうなんだ?」 きゅうり 「おれは“胡瓜”と書くよ。あ、時々、おれに“木瓜”と書いて売るやつがいるわ」 ぼけ 「ぼけ!“木瓜”はワイのことや」 一同 「花!?」 ぼけ 「いや、実もなるんや。あと
「丹田は下腹あたりにあるというよな」 「聞いたことあるな」 「あれ、なんでだと思う」 「さあ…? うーん、ここぞという時に、『下腹に力を込めろ』というし、 力が入りやすいからじゃないのか」 「たしかにな。頭にも、手足にも力は込めろとは云わないな。胸に力を込めろもないし、 同じ腹でも『胃に力を込めろ』もないな」 「経験則でそう言われてきたんじゃないのか?」 「そこよ。経験的に、どうして下腹に力を込めると良いのかってことよ」 「うーん…体の中心だからか…?」 「体