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習作・ショートショートのようなもの② 「じゃがいも」

理科の観察で、じゃがいもを渡された。

2人一組でじゃがいも一個。

半分に切って、切った面を水に浸して、観察をしろという。

おれは クラスの女子のミツと組まされた。

育ち具合についてそれぞれ観察日記につけろという。

めんどくさいな。

理科の中村先生がじゃがいもを半分に切り、一つをおれに、もう一つをミツに渡した。

ホーローびきの長方形の皿に水を入れ、半分に切ったじゃがいもを並べ、
名前を書いたガムテープの切れ端を、自分のじゃがいもの側の皿の側面に貼った。

ミツは女子らしく丸文字で自分の名前を書き、更に「がんばれ!」なんて字も書いて、貼っていた。

「水は毎日変えるように。腐るからな」

先生は言った。

「毎週、週替わりで交代で替えましょうよ」

ミツが言うので、めんどくさいと思いながらも同意した。

「じゃあ、今週は私が毎日水を変えるから、来週はよろしくね」

ミツはそう言うとさっさと自分の席に戻っていった。

めんどくさいと思いながら、自分の担当の週は朝に登校した時に水を変えた。

「ちゃんとやってるじゃない」ミツは笑いながら言った。

2週間もすると、じゃがいもの芽が出始めた。

じゃがいもの表面にあるくぼみの全てから芽が出始めた。

中には、ひとつのくぼみから2個も3個も小さな芽が出るのもあって、ぎゅうぎゅう押しくらまんじゅうをしているようだ。

母親の料理の手伝いなどしたことがなかったから、じゃがいもの芽は初めて見る。

ひとつのくぼみに集まったごつごつした小さなイボがある白い芽は、先が赤くてまるで一つ目の小さい妖怪のようで
少し気味が悪い。

「じゃがいもの芽は毒があるからね、料理の前に、必ず取るから」

何か見透かしたようにミツが言いながら、自分の観察日記に様子を書いていた。

ポテトチップスは旨いのに、芽は毒持っているのか。

それにしても、観察日記といっても、それほど書くことがあるわけでない。
「お前、よく書くことあるなあ」
と言うと、ミツは
「いっぱいあるじゃない?」
と遠い目をして、ふふふと少し笑った。

おしくらまんじゅうしている芽の集団がさらに禍々しく見えてきた。

数日すると、芽の根元から根っこらしいものが何本も出てきた。

一つ一つが妙にムチムチして、何本も細い足を持つ小さな妖怪たち。

芽が大きくなるにつれて、それとともにひげのようも足のようにも見える根も数を増しどんどん伸びてきて、気味悪さが増してきた。

おれはだんだん見るのに気が重くなってきた。

その間、生真面目なミツはもちろん、俺も担当の週は毎日水を替えた。
意外と出来るものだ。水が腐るのが嫌だったせいかもしれない。

それからまた2週間ほど経った。

最近気温が上がってきたせいか、水を替えていないチームは
じゃがいもが腐り始めていたが、俺とミツのじゃがいもは腐ることなく
芽がどんどん伸びてきた。

ひげが水を求めて日に日に伸びていく。

近くにある、放置された別の組の腐りかけたじゃがいもからの異臭の中、ムチムチ育っている姿の
気味悪さに拍車をかけている。

ミツは学校にいる時は朝の登校時と帰宅する夕方の、日に2回水を替えるようになった。

栽培を投げ出したチームのじゃがいもは廃棄されたりして、理科教室の中でうちのじゃがいもの苗は
だんだん異彩を放つようになってきた。

腐らすとたたりそうだな。

そんなおかしな思いもよぎり、俺もよりまめに水を替えるようになった。

もともとまじめなミツは学校のない土日は持ち帰るようになった。

「俺も交代で持ち帰ろうか?」
と提案したが、ミツは
「土日は私が面倒を見る」と言い張るので、任せることにした。

こんな気味の悪いものを週末に持ち帰って世話なんかしたくない。
内心ほっとした。

白くてむちむちしていた芽がやがて緑を帯びてきて、やがて葉も出てきた。

「葉っぱが出てきたね」
ミツは愛おしそうにそいつらを眺めて言った。

こいつら、植物だったんだ。
おれは妙に感心した。

「お前たち、まじめによくやってるな。そろそろ芽かきをしないとな」

ある日、中村先生が教室にやってきて言った。

「芽かきって何ですか?」

「元気の良い芽を1~2個残して、他は取ってしまうんだ。そうしないと次に出来る芋が育ちにくいんだよ」

気味の悪いこいつらを更に選らばないといけないのか。

「ええー…なんだか嫌だなぁ…」

俺とミツは同時に言った。

「かわいそう」とミツと続けて言った。

「たたれそうだから…」俺はそう言いそうになって、ことばを飲み込んだ。

中村先生は
「これとこれを残して、あとは取ってしまいなさい」
と指さして言った。

ミツはしばらくじゃがいもの芽たちを見ていたが、「まあ、しょうがないか」
というと、大きい芽2つを残し、残りの芽を指でむしり取った。

「おい、たたられるぞ・・・」

と俺が思わず言うと、ミツはぽかんとした顔をし、中村先生は
「ハハハ!たたられるって何に?」
と笑いながら部屋を出ていった。

ミツは
「まあ、ちょっとかわいそうだったけど…美味しいお芋のためにはね」
と慰めるように言った後、、
「たたりか・・・ふふ」と小さく笑った。

また日が経った。

「選ばれた」芽が2本、勝ち誇ったように葉を茂らせて伸びていた。

ひげのような根は無数に伸び、皿いっぱいになっていった。

これ、このままでいいのか?

そう思って水を替えていたら、ミツが来て、
「これ、そろそろ地面に植えた方が良いよ。中村先生もそう言っていた」
と言った。

「どこに植えるんだよ?」

「校舎の南にある花壇で、うちのクラスの場所に植えて良いって、先生が言ってた」

そうだ、土に植えればもうこいつらの姿も見なくていいし、水替えの世話もしなくていい。

「じゃあ、さっそく花壇に植えに行こうぜ」

さっさと片づけたい俺は、すぐに学校のスコップを借りて、花壇の土を適当にほじくりかえそうとしたが、
ミツは「貸して、私がやる」と言って、雑草を取った後、丁寧に土を起こし始めた。

「やるからにはちゃんとやらないと。肥料も先生から貰ったし」

「まじめだなぁ。じゃあ、まかせた!」

俺はすっかりさっぱりととした気分になり、花壇とミツとじゃがいもの苗を後にした。
もうじゃがいもの世話はしなくていいんだ!

理科の授業はとうに別の単元に入っている。

ほとんどの生徒はじゃがいものことを忘れていた。

その中で、ミツは一人でせっせと花壇のじゃがいもに水をやったりと世話を続けていた。

俺は多少気になりながらも、そのうちじゃがいものことは忘れていった。

また数週間が経ち、日差しが熱くなってきたころ、ミツは「じゃがいもの花がが咲いたよ」
と俺に言ってきた。

「へえ!じゃがいもの花が咲くんだ」

「南米原産のじゃがいもは、ヨーロッパに入ってきた時は、最初は花を観賞するだけの植物だったのよ」

ミツは言った。

「へえ~、そうだったんだ」

少し感心して聞いていると、ミツは

「それが、救荒食物としてヨーロッパ中に広がり人々を飢えから助けて、それが世界中に広まって今に至るのよ」

そう続けて、少し得意そうな顔をした。

おなじチームだったから花くらい見てやるか。
花壇にいくと、あの禍々しい生き物は、夏の日差しの中、青々と葉を茂らせていてすっかり植物らしくなっていた。
薄紫の地味なちいさな花を咲かせ、風に少し揺れている。

あの小さな妖怪じみた芽が、しっかり植物になっている。

大したもんだ・・・俺はちょっと感心した。

が、しかしどうも植物には興味を持てずに、その後はじゃがいものことは忘れていった。

だいぶ汗ばむようになってきたある日のこと、ミツが近づいてきて一言、

「花壇に来て」

と言った。

ああ、じゃがいものことか…
すっかり忘れていたな。

めんどくさいと思いながらも花壇に行ってみると、先についていたミツが
青々としてすっかり大きくなったじゃがいもの茎を掴みながら、
「一緒に引くよ」

と言った。

「なんの儀式だよ」

と俺は言いながらも、ミツに言われるままにじゃがいもの茎を掴んだ。

するとミツは
「せーの!」
という言い、その声に俺も思わず一緒に葉を茂らせたじゃがいもの茎を引いた。

意外と軽い手ごたえで、土の中からピンポン玉より少し大きめのじゃがいもの小いもが、
土埃と共に数個連なって出てきた。

泥まみれのそれらは、薄いベージュ色で、小さいながらも確かにじゃがいもだった。

ミツは小いもを根から外し、「一応、半分ずつ山分けね」と言って自分の分を手にすると、
さっさと校舎の方に戻っていった。

土を払って見ると、薄い皮がつるつるしていて、案外可愛らしい。

俺はふと思い立ち、ミツを追いかけた。

「おい、これさぁ」

ミツが振り返る。

「じゃがいも、ほとんどお前ががんばったんだから…全部、やるよ」

「なんでよ。最初の頃は、あんたも水をちゃんと買えてたじゃない」

「いいんだよ。…それに、おれ、じゃがいも、どうやって食べるか知らないから」

「一番簡単なのは茹でればいいんだけなんだけどね・・・でもまあ良いわ。私が貰っておく」

ミツは全部…といっても8個ほどだったが、両手に持って、教室に帰っていった。

翌日、弁当の時間、ミツが近づいて小さな密閉容器を渡した。

「なにこれ?」

開けてみると、茹でた小さなじゃがいもが3個入っていた。

「昨日採ったじゃがいもよ。今朝茹でたんだ。この塩をちょっとつけて食べると良いよ」

塩入りの小さな小袋まで渡された。

「お…おう。ありがとう」

「中村先生にもさっき渡したんだ、ふふ」

ミツは少し笑ってそう言ったかと思うと、あっさり自分の席に戻っていった。

茹でただけだという小さなじゃがいもは、口に入れて咬むと、意外なほどしっとりしていて、甘味すらあった。

じゃがいも、旨いんだな…。

・・・

夕食のじゃがいもを口に入れた時、ふとそんな光景を思い出した。

「お父さん、中村先生から今年も新じゃがが送られてきたんで、今日は肉じゃがにしてみたのよ」

ミツは一緒に食べながら、写真入りのカードを渡した。

「中村先生、今じゃ実家の農家次いで、じゃがいも博士とか呼ばれてるもんなぁ」

じゃがいもに添えられていたカードには、笑顔のおじさんの顔写真とともに、「今年は新品種を増やしてみました」
と懐かしい筆跡で書かれていた。

「先生、結婚式のスピーチの時、じゃがいものように子いもが増えて楽しい家族になるように…なんて言ってたよね」

食事が終わって、寄り添うように遊んでいる子供たちも見ながら、ふふふと、ミツは笑った。

俺はもう一つ、じゃがいもを口に入れてかみしめた。

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