見出し画像

端山茂山奇譚(捌)

端山茂山奇譚(


この季節はいい。

風が気持ち良い。

お前は何をみているのだ?

ああ、眼下に広がる、あの鏡のように光る広い田を見ているのか。

まだ若い稲の葉が揺れておるようだ。

そして山の中では、かぐわしい花の香り。

時じく香具の実の花の香り。

まさしく天上の天女の香り。

秋になると実る 時じく香具の実。
実は、花とは違う香りだが、これまた良い香りがする。

実は甘酸っぱく、皮は薬になる。

山々の葉が落ち、冬に向かう季節でも、この香りをかぐと、気持ちも晴れやかになる。

しかし、この樹は冬のさなかでも、青々とした葉を茂らせている。
しかもその葉は、実と似た香りがするのだ。

まさしく天上の果実。

この山には不思議がある。
この山は、冬は寒いが、中腹は里よりも暖かい。
だから、時じく香具の実の木が育つ。

大昔、兵役でこの地から遠いところに使わされたた男が、この香りとこの山に焦がれて詠った歌がある。

その男は…どうなったのだろう。
戻ってきたのか、わからぬ。
詠った歌だけが伝わってきたが。

お前はどこから来た?
お前は…その男に似ているな。

お前もこの香りが好きか。

ならば、あの稲穂が実って刈り入れが終わった頃にまた来ると良い。

その頃になると、この花に実が成る。
その実を持っていくと良かろう。

暖かい土地ならば、種を大地に蒔けばそこでも木が育つこともあろう。

わしの声が聞こえた、その褒美だ。



いいなと思ったら応援しよう!