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夢うつつ湯治日記 12


10月某日 初めての湯治
【五日目(2)】 収穫祭り

今夜は宿で最後の夕食なので、夕食の予約をする。
オプションのおかずも奮発してつけてみた。

セツさんは、予約表に名前を書き入れながら
「今日はおかずは魚の方は、ちあゆの唐揚げだけど良いかしら?」
と尋ねてきた。

「ちあゆ ってなんですか?」

「鮎の稚魚なの。美味しいわよ」

とのことなので、その「稚鮎の唐揚げ」
もお願いした。

鮎の塩焼きはよく見かけるけれど、「稚鮎」は初めてである。

「今日明日は、収穫祭りがあるそうですね?」

とセツさんに訊くと、

「毎年、秋に、下の運動公園と体育館でやるのよ。いろんな出店もあって面白いわよ」

 朝10過ぎには始まると思うわよ」

とのことなので、そろそろ行ってみることにする。


宿の前の道を下って、30分ほど歩いていくと、運動場と体育館が見えてきた。
体育館の入り口の上に、「〇〇 秋の収穫祭り」と書かれた横断幕が掲げられている。

近づいていくと、「秋の収穫祭り 会場」と手書きで書かれた立て看板が立っている。

既に準備が終わって品物を売り出しているブースもあるが、準備中のブースもまだ多く慌ただしい中、
お客も集まってきていて、賑やかである。
小さい子供も走り回っている。

「インフォメーション」と書かれた紙が机に貼られているブースに近づくと、受付係の人が、
イベント内容を印刷したチラシを渡してくれた。

「11:30~ ふるまい蕎麦」という企画が目に留まった。これは押さえておきたい。

「運動公園で、案山子品評会をやってますよ。力作もあるので、良かったらご投票をお願いします」

と受付の人が声をかけてきた。

11:30までにはまだ時間があるので、その「案山子品評会」の会場に行ってみた。

それぞれの作品に、番号と題名が書かれた看板には、「一言アピール」という制作者のコメントもある。

「案山子」というと、田んぼの中の、帽子をかぶった藁人形のイメージが強いが、
ここに並ぶ作品たちは、今年人気のアニメキャラやら、ドラマのテーマやら、時事ニュース的なものやら、
多彩である。

巧いのか下手なのか分からないけれど、地元の小学生たちが作った作品も多く、微笑ましい。

「昔の〇〇地区」と名付けられた作品は、それぞれ作業をしている様子の5体の人形たちが並んでいる。
来ている服もどこか懐かしい。実際、着られていた服なのだろう。


見て歩いていると、猫らしい顔のお坊さんが踊っている作品がに留まった。
作品名は「□□寺の猫和尚」。
「一言アピール」には「□□寺に伝わる猫和尚伝説を題材に作りました。一緒に踊る猫たちは誰かに似ている?」
とある。

よく見ると、「猫和尚」の足元には、数個の小さな「猫」の形の人形が様々な恰好で立っている。
猫たちの顔は張りぼてのような作りで、一つ一つ造作も違っていて愉快な顔である。

お散歩マップには□□寺も、猫和尚の話もなかったなぁ。
どんな話なんだろう?

そう思いながら会場の運動公園を出ようとすると、出口に「案山子品評会投票場」と看板の掲げられたブースがある。

「投票お願いします~!」

という係りの人に声をかけられたので、ブースに立ち寄り、投票用紙を貰うと、「3つ選んでください」と書かれているので、
小学生たちが作った中で出来映えの良いアニメキャラのもの、「昔の○○地区」という作品、
そして、妙に記憶に残った猫和尚の番号を書いて、投票箱に入れた。

体育館に行ってみると、入り口に大きくプログラムが貼られている。
今日明日と、演目が違うようで、踊りや演奏や劇などのタイムスケジュールが書かれている。
演目は今日の午後と、明日は昼近くと午後に行われるようだ。

体育館の中に入ると、会場が大きく2分され、舞台に近い側の方にはスチール椅子が並べらている。
舞台から遠い側は、パネルや長机が迷路のように設置され、地元の人の作品らしい生け花、絵画、写真、
そして工芸品のような作品も並べられており、お客が銘々、作品を見入っていたり、作者らしい人が解説したりしている。

こういう「村の文化祭」的な場所は初めて来たが、作品の中にはかなりハイレベルのものもあるし、何よりも盛況なのに驚いた。

11:30近くになったので、「ふるまい蕎麦」会場に行ってみると、もう人が並んでいた。
自分も列の最後尾に並んで待つ。

拡声器からBGMのように絶えず音楽がかかっている。民謡のようなものもあれば、運動会の曲のようなもの、少し前のポップスなどもかかる。

時々音楽の合間に、催しの案内やら、業務連絡やら、迷子の呼び出し案内やらも入り、賑やかである。

「では、ふるまい蕎麦を始めます。順番にお配りします」

という声がブースの方で聞こえ、列が動き出した。

まずは発泡スチロールのお椀が渡された。

誘導に従って隣のブースに行くと、そのお椀に茹でた蕎麦が入れられた。

更に流れに従ってその隣のブースに移動すると、具だくさんの温かいつゆが蕎麦が入っているお椀に注がれた。
最後に割り箸を受け取る。
なかなかシステマティックである。

湯気の立っているお椀をそっと持ちながら、食べる場所を探した。
会場そばの長机と椅子はもういっぱいだったので、近くの階段に腰かけて、そばをすする。

具は根菜類や豆腐やこんにゃく。
いわば、醤油ベースの煮物に蕎麦が入った感じのもので、優しく懐かしい味である。
軽い昼ご飯にはぴったりで、身体も心もなんだかほっこりした。

今度は何を見てみようか。

イベントの案内チラシを見ながら歩く。

いつもの朝市のような野菜や果物を売るブースの他に、この辺りの名産や、クラフトを売るブースもある。

「おばあちゃんの揚げ餅」と手書きのポスターが貼られたブースを見つけた。
手書きポスターには、子供が書いた絵らしいイラストとともに「揚げたて」「おいしいよ」という文字が躍る。

ブースの中では、年配のおばあちゃんがせっせと餅を揚げていて、売り子のおばちゃんが「今なら揚げたてだよ」と声をかける。

「味見してみて」

という声に促されて、一つつまんで口に入れる。

醤油味と揚げた餅の香ばしさがなんとも言えない美味しさ。

「うちの畑のもち米で搗いた餅を揚げてるんだよ」

奥で餅を揚げているおばあちゃんが言う。

お土産も兼ねて2袋買う。


また何となく出店を見ていると、「シフォンケーキ、クッキーのお店」ののぼり旗が見えた。
近づくと、一昨日、朝市で買ったシフォンケーキと同じ品で、ブースの中には朝市と同じ女性がいた。
たしか、ゆかちゃんと呼ばれていたかな。

「私、昨日、朝市でシフォンケーキ買ったんですよ。美味しかったです!」
というと、ゆかさんは、
「うふふ、ありがとうございます。セツさんのお宿に泊まってるんでしたっけ」
と言ってくれた。

「ラベンダーのポプリも買ったのですが、そのラベンダーの取れた畑も見に行ったんです」

「あら、みやこさんの畑に行ったのね。今は菊が綺麗でしょう?」

「はい、菊っていろんな色があって、沢山咲いてると綺麗ですね。香りも良かった。
   さんに小さな菊の苗まで頂いちゃって」

「ラッキーしちゃったわね。みやこさんの息子さんは、公園やテーマパークの花の苗も作ってるのよ」

もしかしたら、あのテーマパークの菊と同じ菊かもしれない!と思うと、少し心が躍った。

「今日はシフォンケーキも他のクッキーも、いろんな味を揃えたので、良かったら買っていって」

こちらも自宅やお土産用にいくつか買った。

「あの、みやこさんから聞いたのですが、ゆかさんとおっしゃるんですよね?
みやこさんが、ゆかちゃん、器用でいろいろ作るのよって」

「あらぁ、みやこさん、何言ったのかしら?」

ゆかさんは笑いながら言った。

「ここは田舎だけど、でも何か出来ると良いなと思って、いろいろやってみてるのよ」

「かっこいいですね。私なんか何も出来なくて」

「そんなこと、やってみないと分からないわよ」

だと良いんだけどなぁ…

と思いながら、ふとみると、花の湯で買ったものと同じ布の袋も何枚か並べられている。

「あ、これ、花の湯の…」

「そうなの。花の湯のおばあちゃんの手作り袋も今日は扱ってるのよ。刺繍が可愛いのよね」

「花の湯で、なんだっけ、白い花…シュウメイギク、その花の刺繍の袋を一つ買ったんですよ。」

お土産に渡すと喜びそうな友人の顔が何人か浮かび、自分用にも更に欲しくなり、
どの花の刺繍が良いか選んでいると、

「刺繍のお花の名前は、ここのタグに書いてあるのよ」

とゆかさん。

これは花の湯の時には無かったな。このイベント用にゆかさんが付けたのかもしれない。
ますます小さなプレゼント用に良い。

5つ選んでゆかさんに代金を渡している時、

「1時より体育館で、劇“ねこおしょう”が始まります。」

場内アナウンスが告げた。

ねこおしょう? さっき見た案山子の「猫和尚」だろうか?

「ねこおしょうの劇、うちの子が行ってる中学校の生徒達がやるのよ。台本はうちの子が書いたの。
良かったら観てやって」

ゆかさんがちょっと誇らしそうに言うので、観てみることにした。

(つづく)


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