夢うつつ湯治日記 4
10月某日 初めての湯治
【二日目(3)】 クロモジのお茶と、夕食のきのこ汁
部屋に戻り、もう一度、貰った散歩マップを見直した。
宿は、〇〇地区のちょうど中ほどに位置するのが分かった。
昨日は、下の道から車で上り坂を登って宿に着いた。
私が泊っている宿の他にも、旅館や民宿が数件ある。
また共同風呂も、3件あるのが分かった。
宿の前を更に登っていくと、峠になり、別の地区に行くようだ。
他に見どころあるかな?
源泉と書かれた場所がある。
三地蔵の奥の方に源泉があるようだ。
ここから湯を引いているのだろう。そのそばに「温泉神社」と書かれて、神社らしいイラストがある。
「お犬岩」と書かかれた場所がある。
犬の形らしいイラストが描かれ、やはり「お犬岩の伝説」とだけある。
「愛宕神社 天狗岩」 「天狗岩の伝説」
「〇〇寺」 薬師観音
「□□寺」 不動尊
それぞれ、神社や寺らしいイラスト、仏像のイラストが描かれている。
愛宕神社のある山の中には「行者窟」というのもあるらしく「行者の伝説」と脇に添えられている。
案外見どころがあるものだ。
散歩に行先が出てきて、楽しみになる。
雨が本降りになってきた。
もう今日は出かけられないな。お風呂にでも入ろうか。
支度をして、風呂場に行った。
先客が一人いるようだ。
「こんにちは」
と挨拶しながら浴室に入る。
「こんにちは」
年配の女性が大きな方の湯船に浸かりながら挨拶をした。
体を洗い、大きい方の湯船に入る。
軽い硫黄の香りがして、体にじんわりと来る。
「お湯が熱かったら、水でうめても良いんですよ」
と言ってくれた。
「大丈夫ですー」と言って、そのまま湯に使っていると、
その女性は、「私はここの裏手に住んでいるんだけど、ここのお湯にいつも入らせてもらうのよ」
と話し始めた。
「ご近所の方も入られるんですね」
と答えると、
「共同湯も良いんだけど、近いからね」
と笑う。
熱くなってきたので、もう一つの小さい湯船に移動した。
すると、おばあちゃんは、
「そっちの小さい方のお湯、今日はクロモジの湯だけど、さっき母屋でセツさんが、クロモジのお茶を煎じてたよ。
あとで、母屋に行くと飲めるよ」
と教えてくれた。
クロモジって煎じて飲むことも出来るんだ!
おばあちゃんは、帰り際に、持っていた小さなタオルで体をふきながら、
「クロモジのお茶は昔から喉に良いって言われて、この辺りでは飲まれていてね。喉がすっきりするんだよ…じゃあ、お先に」
と言い、脱衣場に戻っていった。
俄然、クロモジ湯もありがたくなり、ぬるいその湯にしばらく浸かっていた。
風呂から上がると、「どちらかというと、ビールが飲みたいなぁ」
などと思いながらも、母屋に行ってみた。
「すみません…あの、クロモジのお茶が飲めると聞いたんですが…」
と事務所の方に行くと、何か作業をしていたセツさんが、
「ああ、そこのポットに入っているよ。自由に飲んで良いよ」
という。
プラスチック製の湯呑が積まれていた。
それを一つ取り、ポットからお茶を注いだ。
褐色のお茶。
一口飲んでみると、シナモンのような香りが鼻の奥に広がり、ちょっとミントのような風味もした。
好きな味。
確かに喉に効きそうである。
セツさんは、たくさんのキノコを取り分けていた。
「キノコですか?」
と聞くと、
「そうなのよ。きのこ汁を作ろうと思ってね」
そういえば、ここの宿は、予約をすれば、食事も用意してくれる。
きのこたっぷりのきのこ汁に惹かれ、急に食べたくなった。
「今夜の夕食の予約は、もう終わってますか?」
とおそるおそる尋ねると、セツさんは、
「大丈夫よ。こんばんはこのキノコを使ったきのこ汁がメインで、肉か魚も食べたければ、その分だけ追加料金になるけれど、どうする?」
と言う。
肉も魚も特にいらないので、基本料金の1人分300円(安い!)を払って、予約をした。
「夕食は6時から、ここの食堂です。
ご飯ときのこ汁はお替り自由だからね。ご飯は新米で美味しいよ」
セツさんは、予約用のノートに私の名前を書きながら、にっこり笑って言った。
部屋で本を読んだりテレビを見たりとぼんやり過ごしているうちに、夕食の時間になった。
帰りにクロモジのお茶も持ってこられるように、持参したマグカップも持って、母屋の食堂に行った。
初老の男性の宿泊客が2人、30代に見える若い男性が1人、そして、一度風呂で会った2人組の女性もいた。
知らない人と食事をするのは、緊張する。
しかし、料理を見て、緊張よりも空き腹を感じた。
炊き立ての白米と、きのこ汁。
そして、青菜の胡麻和え、キュウリと何かの酢の物、そして、温泉卵もついていた。
セツさんは「ご飯とお味噌汁は、自由に自分で取ってね」と言いながら、料理皿を並べた。
「あと、紫蘇の実の塩漬けを作ったから、良かったらこれをご飯にかけて食べてみて」
と言って、深皿にスプーンを添えて「紫蘇の実の塩漬け」も、白米が入った大きな炊飯器の脇に置いた。
メインのきのこ汁は、きのこがたっぷりの上に、里芋と豆腐も入っている。
これに他にもおかずがあって300円は、安すぎて大丈夫か?と心配になるくらいだ。
男性陣の中には、焼き魚もしくは肉炒めを別途取っている人もいるが、私はこれで十分だった。
そして、紫蘇の実の塩漬け!
新米の美味しさを引き立てる、香りと塩味。
感動しながら食べていると、二人組の女性陣が話しかけてきた。
「共同湯に行ってみた?」
「いえ、まだです」
「良いわよ。特に、“寝ころび湯”がある所。天国よ」
「あ、そこ、俺、行きました!」
肉炒めをほおばりながら割って入ったのが、若い男性。
「半分、屋外で、風が気持ち良いんですよね。俺、少し寝ちゃいました」
「体の上にタオルかけてないで豪快に素っ裸で寝ていたのを見たよ」
初老の男性の一人が笑いながら言った。
「いやあ、疲れも出て、ついうとうとと…」
と若い男性が照れながら答える。
「寝ころび湯! 行ってみます」
と私は答えた。
「この辺りの地図は貰った?」
魚を突いていたもう一人の初老の男性が訊いてきた。
「はい、手書きのお散歩マップというのを貰いました。今朝、それを見ながら、三地蔵のところまで行ったら雨が降ってきちゃって」
と私が答えると、その男性は、
「三地蔵、見たんだ。この辺りは結構謂れの多いものがあるみたいなんだよね」
と何か意味深に言う。
「怖い話もあるんですか?」
私が恐る恐る聞くと、
「私も昨日ちょっと聞きかじっただけだから。朝市に行くと、詳しく教えてくれる人いるよ」
と言う。
そんな風に、小さな情報交換が始まった頃に、セツさんが食堂に入ってきて、
「ご飯、もし残りそうだったら、その紫蘇の実と一緒におにぎり作って、後で食べて」
とラップを置いていった。
「お、ラッキー!」
と若い男性。
「紫蘇のみの塩漬け、美味しいよね。朝ごはん用に、少し握って持っていこうかしら」
と女性陣の一人。
食べ終わった人から、各自、食器を洗い食器かごに入れる。
地元食材たっぷりの、300円+αの格安の美味しい食事を頂くと、やはり自然に片づけたくなる。
ご飯も、結構あまりそうだったので、各自が自分の食べる分のおにぎりを作った。
私もご飯に紫蘇の実をまぶしてラップに包み、おにぎりを1個作り、ポットに入っていたクロモジ茶をマグカップに注いで、
部屋に戻った。
特に詮索も干渉されることなく、また楽しい情報もゲット出来て、気分は明るかった。
おにぎりを冷蔵庫に入れ、マグカップからクロモジ茶をすすりながら、ぼんやりテレビを見ていたが、
初めてのいろいろな経験に緊張がほどけ、ふろ三昧で体も少々怠くて、次第に眠くなっていた。
寝る支度をして、布団の中で本を読んでいるうちに、いよいよ寝落ちしそうだったので、電気を消して、眠った。
(つづく)
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