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傷ついた翼(3)

結局、母は、ワクチンの2回目の接種を止めてしまった。

最後まで迷ってはいたようだったが、予約前日の朝になってから、翌日の午後遅くに受けるはずだった2回目のワクチン接種をことわっていた。電話にでた受付の人からは、1回では抗体ができないから、2回目も受けたほうが良いと言われたそうだが、ワクチンを打つと全身が痛くなるし、頭にも影響があるようなので嫌だ、とことわったという。

ちなみに、母がわたしに語ったところによると、頭への影響として、前の日の朝、洗濯機を掛け終わった後、いつも通りに洗濯物は干したのだが、なぜか洗濯機自体のかたずけを夕方まで忘れていたことを挙げた。

母は、それが絶対にワクチンのせいだと主張するのである。

(まあ、そういうこともあるかもしれない)とわたしは思った。(でも、むしろワクチン接種で身体がおかしくなったことを心配するのに思考力のリソースを目いっぱい使ってしまっているからじゃないのか)ともわたしは思った。もちろん、母には言わずにおいた。

「マスコミは、悪いことは隠していて言わないようにしているからね。アメリカでは、受けない人がたくさんいるので、受けるとプレゼントがもらえるっていうじゃない。わたしは、プレゼントをもらっても受けないわ。」

ワクチン接種を断ったときの受付の人の電話での対応にも不満があるらしく、「ただ、はいそうですか、で良いじゃない。なのに、まるで脅かすみたいに。あたしが悪いみたいじゃないの」と不満の種はつきないのであった。

母は、テレビで、ワクチンを打ってから死ぬ人が続出しているという話をみたという。2回のワクチンを打つと抗体ができて(1回目ではできないと信じているらしい)、それが激烈な反応を引き起こすと考えているらしい。どうも、自分が2回目のワクチンを打たなかったことを正当化したいのであろう。1回でもかなりの抗体ができるということは言わないでおいた。

週末に妹が来たら、母はまたワクチンのことを話すだろうから、そのとき妹にいろいろ教えてもらえばいいと思った。現役の薬剤師である妹の言うことなら信じるだろうし、聞くところによると、勤め先では新型コロナ患者とワクチンの責任者を任されているらしいから、母のようなクレームは日常茶飯事で、答え方をよく知っているだろうと思ったからである。

もっとも、母もその後、1回目のワクチン接種を終えた高齢者が、デルタ株で重篤になったニュースを繰り返し聞くうちに、1回目でも一定の効果はあるが、どうやらインド由来と目されるデルタ株には効果がないことは理解し、

「あたしは1回しか打ってないから人込みには行かないようにしなくちゃね」と宣言している。

今のところ、2回目を打つつもりはまったくないようである。


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