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妹夫婦(3) ~そして母と僕~

「やっぱりピンコロがいいよ。病院に入院して、気が付いたら死んでたなんて、理想的じゃないの」

妹との電話を終えてしばらくして母が言った。ちなみに、気が付いたら亡くなっていたのはわたしの義父のほうで、今回の妹夫婦とはなんの関係もない。その時の本人の気持ちももちろん分かるわけもない。

「いままでよくもったよ。去年のうちからおかしかったんだからね。お義母さんはしばらくはあっちでひとりでいいけど、岸森君(妹婿)は心配だよね。年金5万円しかもらえないらしいから。お義母さんは、いろいろ仕事回してもらってるらしいけどねえ。お墓は買ってあるっていうけど一時間以上かかるって言うじゃない」

「お父さんのときもひとりだったしねえ」と言うので、母さんは間に合ったんじゃないのか、と聞くと、母が着いたときは人工呼吸器でなんとか生きている状態で、すぐに呼吸器も外されて亡くなったという。もちろん、とっくに意識はなく、会話も何もあるはずもなかった。

肝心の岸森君の父親のほうは、いつ亡くなったのかすら、妹は言わないので、なにもわからない。先日、夫婦で来た時には、そんなに調子が悪い感じではないようなことを言っていたように思う。正月明けに退院したような話しぶりだったのではなかったか。

母も、すっかりだまされたと言った。退院したのがほんとうなら、岸森君たちも、けっこう安心していて、それが急変したということなのかもしれなかったが、とくかく詳細はなにもわからなかった。

そのまま一週間が過ぎた。

日曜日の早朝、妹がこれから行くと母にメールしてきた。午前中にひとりで来るのは珍しかった。まだいろいろ忙しいのだろう。

わたしは、風邪をひいたらしく、なにもやる気が起きず、ぼんやりテレビの洋画を観ていた。朝起きてきたとき、昨晩こたつを消し忘れたことを母に指摘されたばかりだったが、妹が来るというので玄関のカギを開けようとした母に、今度は靴を脱ぎっぱなしにしていたことを指摘された。

「なにをそんなに急いでいたの?」と母は言って笑った。

病気のことなど持ち出したらまた何を言われるかわかったものではない。わたしはテレビに夢中で聞こえなかったフリをした。

そんな感じだったので、妹がきてもわたしには一緒にお茶を飲む気力もなく、妹は母と二人で台所に行ってしまった。わたしはそのままぼんやり映画を観ていた。

妹は一時間ほどで用があるからと帰っていった。居間に戻ってきた母に、「それで、どうだったの?」と聞く。

予想通り、岸森君のお義父さんの葬儀はお義母さんが親戚を呼びまくったせいでかなり高くなりそうで、岸森君とお姉さんで折半することになったという。

一度、話し始めるともう止まらなかった。なぜか母は妙にうれしそうであった。

「親戚が花輪を出そうとしたら一万円ではなく一万五千円もしたんだって。全部で三百万円を超えちゃって、お義母さんには出せないからって、子供たちで折半することにしたそうよ。アイ子がかわいそうだわ」

わたしは黙って聞いていた。(これはつまり岸森のお義母さんが、世間慣れしていないために、葬儀屋に良いようにぼったくられた、という話なのだろうか? そうではなくて、岸森のお義父さんはみんなに愛されていたので家族一丸となって盛大に送り出したという美談なんじゃないのだろうか?)妹の話にバイアスがかかっているのか、母の耳にバイアスがかかっているのか、風邪で靄のかかったわたしの頭ではよくわからなかった。

「お寺にもそれなりに出さないといけないからね。今は戒名代を別に請求されるでしょう。しかもまだお墓がきまってないっていうじゃない。前に買ってあったお墓が二十七万円で二十五年契約とか。そのあとどうするんだろう。終わったら墓地の跡地を整地するのにもお金がかかるのよ。ただじゃないんだから」

(べつに、二十五年契約を延長すればいいだけではないのだろうか。二十五年ごとに墓を移していたら亡くなった人も落ち着かないだろう? たとえ移すにしたって、霊園の土地は整地する必要はないんじゃないか)とわたしは思った。

「うちだってお墓を止めるならけっこうなお金がかかるのよ。それこそ何十万もかかるの。お寺はそれを売って儲けたいに決まってるんだから。昔の住職は学校の先生だったし、おじいさんもそうよ。それで食べていたのよ。でも今の住職は副業をもってないから、お寺だけで収入を得ないといけないでしょう。それで奥さんも尼カフェとかいって檀家を集めて、必死よね」

お寺の経営が大変だというのはわかるが、いくらなんでもすでに何人も仏様が収まっている墓をつぶして、切り売りして儲けようとは思っていないだろう、とわたしは思ったが、黙っていた。とにかく今朝はもうなにもかもが面倒臭く感じられた。

(そもそもそういうのが嫌だから岸森家は霊園にしたんじゃないのだろうか)

だんだん、聞くんじゃなかったという気分になってきたが、後の祭りである。

「岸森は、どこの檀家にもなってないので、お葬式にはわざわざお坊さんを呼んだわけでしょう。それもまた別料金じゃない。お金がかかってしようがないわね。お義母さんは年金が五万しかなくて、生活できないだろうから、これからどうするのかねえ」

またしても年金の話か、とわたしは心の中でため息をついた。妹夫婦に負担がかかるのが心配なのはわかるが、母のこういう下世話な話は好きではない。というかはっきりいって嫌いである。

だが自分でも同じような話し方をしていることがあるのを、わたしは結婚するまでまったく気付かなかった。妻に指摘されてはじめて気付いたのであった。いわれてみれば、なるほど、嫌になるくらいそっくりだったのである。

それ以来、近親憎悪というのだろうか、よけいに母の下世話な話が気になるのである。どうして母は妹の嫁ぎ先のことをこうも悪しざまに言えるのだろう、と思った。

おそらく(あくまで推測だが)、わたしの家族のことも同じように言われているのだろうな、とわたしは、ぼんやりした頭で考えていた。

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