いろんな意味で先を行く外食業 キャリア・カウンセリング/キャリア開発のための人事制度講座(40)
その時代ごとの課題が如実に表れるのが外食業かもしれない…と2015年に記した以下の文章を読んで改めて思う昨今(2021年)。今回はちょっと短め…
★さまざまな問題が交錯する外食業
某日(註:2015年の某日です)、急遽、セミナーを開催させていただくことになりました。
場所は未定なのですが、日時だけは決まっております。
テーマは「その評価、その処遇でいいですか?~外食業の人事制度・基礎点検~」です。外食業の方向けに、評価・処遇制度の基本的なポイントをお話しすることになっています。
外食業は日本の経済の様々な問題点が凝縮して現れている業界のような気がします。
食糧問題、衛生問題、正規雇用/非正規雇用の報酬バランスの問題、若年雇用・外国人雇用の問題、社会保険制度…。さまざまな問題が交錯しているにもかかわらずこれまであまり人事制度上の問題になってこなかったのはなぜでしょうか?
それは家業、あるいは家業の延長線上にある程度の規模というところがほとんどだったからです。
いわばほとんどが零細、中小企業だったわけです。
大手外食産業もあるではないか?
確かにその通りなのですが、その大手でさえ、創業三十数年です。
一昔前に日経ビジネスが発信地となって「企業30年説」というのがもてはやされましたけれど、それに照らしていえば、まだ第1世代なのです。
業界としてはこれから、つまり家業から産業へと移っていく過程で先に挙げたような問題が一斉に芽を出しているというところでしょう。
★食堂業は工販同居
しかし、人事の世界で進んでいると思える点が一つあります。それは「職務給的な発想」の浸透具合です。
ただし、これは先進的なのではなく、事業構造上そうしなければならなかったという面もあります。
「食堂業の特徴は、工販の同居である」-フードビズ第4号(2003年、註:この季刊誌、書店では販売されていなくて直販だけなのですが、その甲斐あってか広告は少なく、広告主に忖度しなくてよいので、本質をつく記事、ぶれない提言が多いです。業界及びこれから目指す方にはお勧め!!)で同誌主幹の神山泉氏が書いていらっしゃいますが、まさにそのとおりです。
家業でやっている場合、その建屋の中に「工場」部門と「販売」部門
が同居しています。規模が大きくなればなるほど、集中的に生産を行う方が効率が高くなるので「工」がお店を離れてセントラルキッチン(つまり工場)へと移転していきます。集約できるものは集約した方が効率は高まることもあって、チェーン店になれば、ほとんどの場合セントラルキッチンを持っているといえるでしょう。
お店の方は「販」の方、つまりお客様への対応に専念することになっていきます。
その究極の姿が、外食産業の代名詞でもあるM社なのでしょう。お店で作られる部分は限りなく少なくされ、さらに作り方も分業され、いくつかのパターンに集約されています。
見たこともない「装置」があります。
あれだけの規模ですから、厨房設備をオリジナルで開発しても、全店に設置して稼働を挙げればかけたコストは回収できるんですよね。
先日それとなく見ていたら、ハンバーガーのパティなどが焼き上げられた状態で引き出しにはいっていました。引き出しから半分に切ってあるパンとパティを出して、ピクルス載せている姿を見たときには、これはもう「調理」ではなく、「組み立て」(アセンブリ)だと強く認識しました。
つまり、会社全体で見ても、調達-生産-配送-販売と幅広い領域にまたがる産業であるだけでなく、個店単位で見ても調達-生産-販売のプロセスを含んでいる工販同居の形態になっているということです。だから個店のマネジャー(店長)はけっこう大変。
とはいえ、店舗での作業を見ると、人間のすることというのはより一層、単純化されてゆきます。
単純化することは習熟までに時間がかからないということですから、育成の面でも効率的です。
★習熟度の早さ = 報酬格差の少なさ
仕事が単純化して、育成に手間がかからないということは「習熟する」余地がないということになります。
習熟に余地がなければ報酬もほぼ同じでよいはずです。
これが外食業で職務給が定着しやすい背景です。
その明確な仕事の範囲の中で、個人の成長度合いはあまり期待されず、生産性もそれほど変わらないということですから、給与を引き上げる必要が無くなります(というより、引き上げられなくなります)。
役割が確定しやすく、その習熟があまり関係ないとすれば、その役割ごとに報酬額を設定するというのはとても明快な基準といえます。
そうすると役割に応じた報酬、つまり職務給に落ち着くというわけです。
逆にいうと、板前さんのように年季を経ないと一流には慣れない役割をのぞいては、役割が同じであればだれでもが同じ処遇ということにしないと、年々処遇水準が上がっていくことで人件費倒産になりかねません。外食業に職務給は不可欠といえるでしょう。
★職務給の勢いは止まらない
職務給化の動きは、他のサービス業にも展開していくでしょう。
年月をかけた習熟が求められる商業や、長く勤めてもらわなくては困ってしまう職業をのぞいては、職務給を真剣に検討していくようになるのでしょう。(註:例えば介護業などは一定程度の習熟が欠かせませんし、現状では勤続が求められるわけですから、職務給に振りすぎるのは危うい感じがしなくもありませんね…)。
そうなってくると、キャリア開発の考え方がますます重要になってきますね。なぜならどのようなキャリアを選択していくかが、報酬を含めてにまで影響してくるようになるわけですから。このとき、役割が明確になっているとキャリア・プランを立てやすくなるというメリットも生まれます。