キャリア・カウンセリング/キャリア開発のための人事講座(11)定期昇給
6月になりました(註:メールマガジン出していた時の話・・・)。もう梅雨入りです。2つ目に勤めた会社では人事・総務・教育の部門にいました。その会社は3月が決算でしたので、人事考課表の考課期間も3月まで。そこで4月末までに考課表を回収します(Mさんが遅いんだわ、いつも)。5月の連休明けからすぐに集計、部門間調整をして末には評価を確定します。問題はこの次。評価結果に基づいて昇給額を決めなければなりません。社長、人事部長とあぁでもない、こうでもないと行きつ戻りつして、ようやく確定させるのが、6月前半なら6月支給分から昇給です。実際にはずれ込んで7月昇給になっちゃうんですよね。「また今年も7月なんですか?」なんてことを言われたりして。あぁ、懐かしい。というわけで、今回のお題は昇給です。
★昇給=定期昇給+ベ・ア
さて、最近でこそ「給与改定」と言うところが多くなりましたが、かつては年に1度給与が上がることを昇給といいました。給与改定とどう違うか? それは、「給与改定」という言葉には昇給しないこともあるという含みがあるんです。
昇給と一言で言っても、その中身は2種類あります。定期昇給(略して定昇=ていしょう)とベースアップ(略してベ・ア)です。この違いが実は大切です。春になると新聞で「春闘 ○○社 ベ・ア ゼロ回答」というのが出てきますが、これは昇給の中のベース・アップをしないということを指しています。
組合のない会社の方や会社勤めをしていない方は、ゼロなんだから給与は上がらないんじゃないの? と思うかもしれませんが、あくまでベース・アップ分がゼロなだけで、これとは別に定期昇給があるので、給与は増えていきます。では、ベース・アップと定昇(定期昇給)はどう違うのでしょうか?
定昇は賃金規定(給与規定と言うところもある)などで取り決めをしているもので、「ルールとして」給与が変わっていくものを指します。たとえば年齢に応じて増える年齢給や、人事考課の結果に応じて上がる考課昇給などがこれに含まれます。
ルールで決まっているので通常は組合交渉の対象にならないので先ほどのように新聞に載ることはあまりありません。出るとしたら、「昇給3.0% 内訳はベ・ア0.5% 定昇2.5%」というように内訳を示すときくらいでしょうか?(昇給3.0%だなんて‥‥そういう時代もあったなぁ‥‥)。一方のベース・アップはその名の通り「ベース」つまり基盤を上げていくことを意味しています。給与水準全体を底上げさせるという感じで、全員一定額上げる方法もあれば、一定の率を引き上げる方法もあり、これも各社まちまちです。社員にしてみれば、「どっちだって上がればいいのだ」という感じかもしれませんが、人事担当者にしてみれば、どちらが上がるかはとても大切な意味を持ちます。
★ ベ・ア=ゼロの持つ意味
先ほど、ベ・ア=ゼロでも給与は上がると書きました。しかし、全体では増えません。「えっ? 個人の給与が増えたんだから、全社員の支給総額は増えるのでは」‥‥と思いますよね。でも原理としては増えないんです。だから人事担当者にとって、ベ・アなのか定昇なのかは大きな問題なのです。
では、簡単な例を挙げて説明します。モデルとして考えやすいように大卒社員ばかり採っている甲社を想定します。
22歳で毎年新入社員を一人採ります。かれこれずっとこうしているので60歳で定年を迎える人まで合わせて39人の社員がいます(つまり誰も途中で辞めていないということです)。定昇は1年に一度。考えやすいように年齢×10000円を給与としましょう。この状態は「毎年1万円の定昇がある」ということになります。
さて、この会社には22歳月給22万円の社員から60歳月給60万円の社員までが一人ずついることになります。毎月の給与は総額1600万円です。今22歳のAさんは翌年23万円、翌々年24万円と増えていきます。個人を見ると増えるのですが、トータルで見ると、総額1600万円のままで変わりません。
種明かしをすれば簡単な話で、22番から60番までの座席が並んでいると考えてください。番号×10000円が給与です。1年に一度隣へずれます。空いた22番には新入社員が座ります。60番に座っていた人は定年退職でいません。座っている人は変わっているけれど座席の数が変わらないので総額は一緒なんです。というわけで、原則論から言うと定昇だけやっている分には人件費は増えないんです。ベ・アをゼロにするとはそういう意味を持っている訳です。
★ そうは問屋がおろさない
でも現実にはベ・ア=ゼロでも総額が増えることがあります。それは座席が増えた場合。どんな会社でも定年前に辞める人はいるので、番号の大きい座席は番号の小さい座席より少なくなる傾向にありました。ところが景気が低迷してから辞める人が少なくなりました。座席を用意しなくてはならないことになります。これが、人件費が増える要因になります。
しかも、最近は少子高齢化で、相対的に若年層社員が高齢者社員に比べて少なくなりつつあります。この傾向が進めば、たとえ座席数は同じであっても、番号の多い椅子ばかりになるので総額は増えてしまいます。そんなことがあって、企業は定昇にもメスを入れています。
たとえば昇格者を減らします。昇格とは等級が上がることでしたよね(第1号を読んでください)。○長といった肩書きがつかなくても等級を上げることでモティベーションの維持を図っていた時期もありましたが、最近はそうした昇格を抑えることで、昇格による昇給を抑制しています。
またやろうと思えば人事考課結果の分布を低めに誘導することもできます。考課結果が全体に低ければ考課昇給も少なくてすみますからね。さらに、制度を変えて評価がよくないと給与が下がる制度を導入するところも出てきました。「成果主義人事制度!」と言うから、何かと思ったら、賃金制度のこの部分だけを変えている会社もありましたね。これで成果主義と言ったら看板に偽り有りですよね。とはいえ、最近「昇給」といわずに「給与改定」と呼ぶのはこうした理由、つまり上がらない人や下がる人もいるようになったということによるものです。
★ 年功序列の矛盾
実は先ほどの説明は、定昇の中身が、年齢が軸になっているから起こるものです。「職能資格制度」は定期昇給を予定している制度です。予定していると言うことはつまり年を経るごとに給与が増えていくことを意味します。だから基本的には年齢軸の定昇と言っていいでしょう。年齢軸の定昇は年功序列主義と言って差し支えないと思います。正確には年齢序列主義ですけど。毎年給与が上がる定期昇給制度というのは、それそのものが年齢序列主義になってしまうものなんですね。
年齢ではなくて仕事の中身で決めたらどうなるでしょうか? 仕事が同じなら定期昇給はないということになりますし、仕事が変わればそれに応じて変化していくことになります。これが「職務給」といわれるものの基本的な考え方です。このパターンだと、会社の中の仕事の構成が変わらない限り人件費は一定と言うことになります。
とはいえ、毎年上がった方がよいではないか?
確かに給与が毎年上がるのは嬉しいことです。でもその結果、「中高年層が仕事と報酬が見合っていないので」という理由で多くのリストラがなされたのではありませんか? 本当に「年功」について序列を付けるのならまだしも、年齢序列制度だと、前に述べたような理由で破綻しやすくなってしまいます。年齢序列の方が社員のことを考えているようでいて、実は無責任な仕組みといえるのではないでしょうか?
★ おわりに
さて2つ目の会社で6月にやっていたことは、まさにこのベ・アと定昇の配分決定でした。会社として割ける人件費には当然限りがあります。今年上積みできる枠というのがある訳です。それを賞与分と昇給分にわけます。次に昇給分をベ・アと定昇にわけます。定昇はルールで決まっているとはいえ、先に述べたように昇格者を見送ったり、考課分布を調整したりすることで若干の調整をすることができます。
比較的若い社員が多かったので、ベ・アの方に重きを置かないと他社の初任給にまけてしまいます。かといって、定期昇給を抑えすぎると、だんだん賃金カーブ(年齢と給与の関係を示す曲線。当然当時は右肩上がり)がなだらかになって、若年層と中堅層の差がなくなってしまいます。さらに、毎年、その場その場で配分を変えるというわけには行きません。それでは恣意的だということになってしまいます。あぁでもない、こうでもない‥‥。これだ! という結論のない、すっきりしない仕事だったなぁ‥‥
ところで、今回はどこに「キャリア」が絡んでくるんでしょうか?
まぁ、今回は、労働データの読み方ということで、キャリア・カウンセラーのお役に立てば‥‥‥