おみそしる
あらすじ
ある日、松浦加奈は高校の入学式の日に車に轢かれそうになり、美青年・宗祇寿郎に救われる。彼に会ったことで心を奪われた加奈だったが、宗祇寿郎はある彼は月の砂漠のグリムという異世界出身の存在だった。彼は人間界での自分の使命を果たすため、ある組織に所属していた。
ある日、加奈は宗祇寿郎が巻き込まれた事件に巻き込まれる。宗祇寿郎が守るべき人物が次々と狙われ、彼はそれを止めるために奮闘する。加奈は彼を助け、共に事件を解決する手続き、加奈は彼の秘密を知り、グリムという異世界についても知ることになる。
宗祇寿郎はグリムと人間界を繋ぐための役割を担っており、彼の目的は人間界にグリムを害する存在が現れないようにすることだった。背負いことを決意する。
しかし、グリムと人間界との関係が深まる中で、ある出来事が起こる。 それは、グリムが人間界に干渉することによって完全にされたものだった。加奈と共に新たな道を模索することになる。
――加奈!加奈!
遠くから私を呼ぶ声が聞こえる。
海の水は冷たく、激しくて、小さい私の身体はすぐに圧し潰された。
父が慌てて私を掴もうとするが、大の大人でさえ乗り切れない波に両親は悔し涙を流す。
結局私が救助されたとき、私の身体には無数の傷と青あざができていた。
それから私と海は二度と遊ばなくなった。
+++
「ああ!遅刻する!」
私はいつも通り目覚まし時計に起こされて、いつも通りに朝食も食べずに家を出た。
昨日寝たのは2時だった。
だから眠いけど仕方ない。
今日は高校の入学式なのだ。
入学式の日に寝坊なんて最悪だ。
幸いにも家は学校のすぐ近くなので、走れば間に合う。
信号待ちをしている間、ふと空を見上げたら真っ赤な月が出ていてギョッとした。
まるで血のような色だと思った瞬間、クラクションが鳴る。
気が付いたら車が突っ込んできているところだった。
避けようとしたけれど足がもつれて転んでしまう。
車が目の前まで来て、思わず目を瞑った。
(……あれ?)
しかし痛みはない。
恐る恐る目を開けると、誰かが私を運んでいる。
その人は私をぎゅっと抱きしめて、あろうことか私の胸元に顔を埋めている。
そのせいで、彼の綺麗な黒髪が私の頬に触れていた。
「あの……」
「よかった……無事ですね?」
彼はそう言って私から離れると、安堵したように笑みを浮かべる。
そこで初めて私は彼を見て息を呑んだ。
それはとても美しい人だったのだ。
漆黒の瞳に長いまつ毛、高い鼻梁、形のいい唇、そして透けるような白い肌。
こんな美青年を見たことがない。まるで絵画から抜け出してきたようだった。
「あなたは……?」
「僕は宗祇寿郎と言います」
「そうぎじゅろう?変わった名前ね」
「よく言われます。あなたの名前は?」
「松浦加奈です」
「カナさん。夜更かしは程々にした方が良いですよ」
そう言って私の鼻先に触れた彼の指先は氷のように冷たかった。
彼の指が触れた瞬間、私の心臓が跳ね上がる。
「それではまたお会いしましょう」
彼はそれだけ言うと私を置いて立ち去ってしまった。
「…あ!学校!遅刻しちゃう!」
信号は既に青になっていた。
+++
入学式は無事に終わったものの、その後行われた部活紹介やクラス決めの間、私はほとんど上の空だった。
さっき出会ったばかりの彼にすっかり心を持っていかれてしまったからだ。
あんな素敵な人だから、きっともう彼女がいるに決まってる。それでも頭から離れない。
そんなことをぐるぐる考えているうちに、いつの間にか放課後になってしまった。
今日は部活動見学の初日だったので、皆すぐに教室を出て行ってしまう。
私はどうしようかなと思いながら、窓から外を眺めた。
するとグラウンドに一人の男子生徒が立っていることに気付く。
宗祇さんだった。彼はこちらに気付いたようで、微笑むと手を振ってきた。
私も慌てて手を振り返す。
覚えててくれたんだ。この学校の生徒だったんだ。
私は嬉しくなって、彼が見えなくなるまでの間ずっと窓の外を見ていた。
+++
その後聞きかじった噂によれば、宗祇先輩は2つ上の3年生で、ミステリアスな風貌で女子からの人気も高いらしい。
でも、決して恋愛に興味があるわけじゃないらしく、告白されても全て断っているそうだ。
そのせいもあって、ますます神秘的なイメージが付いている。
私はと言うと、結局吹奏楽部に入った。
理由は単純明快。私が吹奏楽経験者だからだ。
それにしてもまさか高校に入っても同じ部活に入るとは思わなかった。
中学のときとは楽器が違うし、そもそも音楽室が別校舎にあるから、入るかどうか悩んだのだが、生徒会室がすぐそばにあるのだ。
生徒会室には、宗祇さんがいる。それを思い出して入部を決意した。
ちなみに私が担当しているのはクラリネットだ。本当はサックスが良かったけど、パートリーダーが怖かったので諦めた。
あとは、あの人と会えるかもしれないという下心で熱心に活動した。
+++
部活からの帰り道、宗祇先輩の後ろ姿が見えたので私は声を掛けた。
「宗祇先輩!」
しかし宗祇先輩は私を見るとそそくさと逃げていってしまった。
(ああ、そうか。私と噂になるのが嫌なんだな)
その事実に少しだけ悲しくなったけれど仕方がない。
やっぱり、私なんかと釣り合う訳がないのだ。
その日から心にぽっかりと穴が開いたようになって、部活にも集中できない日が続いた。
告白すらさせてもらえない。宗祇先輩への恋心ばかりが募っていって、私はどんどんダメになっていった。
+++
遠泳の授業。港町であるこの町で泳げない生徒なんていない。
でも、私は過去のトラウマで海に足をつけることすらできなかった。
先生にこってり叱られたあと、砂浜の日陰で休もうと腰を下ろす。
すると誰かが隣に座ってきた。
それは宗祇先輩だった。
「先日は逃げてしまってすみません」
先輩はそう言うと頭を下げた。
「いっ、いえっ、こっちこそつきまとって、すみませんでした」
私は慌てて手をぶんぶん振る。
「カナさんのせいじゃありませんよ。僕が逃げただけです。ところで、何か用だったんですか?」
「あっ、えっと……」
私は言葉に詰まる。なんて言えば良いのか分からない。
「……あの、私、宗祇先輩のことが好きでした。だから、その……話したい、と思って………」
日に焼けた訳でもないのに顔が熱い。
「……僕のどこが好きなんですか?」
「優しいところとか、笑顔とか、声とか全部好き。……です」
「……それって表面だけですよね。僕がその奥にもっと酷いものを隠しているとしたら?」
「どういうことですか?」
「例えば僕が貧乏で、一日一食しか食べられなくて、学校に行けなかったとしたらカナさんはどうします?」
「それは……可哀想だと思うと思います」
「好きじゃなくなる」
「そんなことは――」
「そういうことです」
「……」
宗祇先輩はそれ以上何も言わずに立ち上がる。
「あなたの好意は僕を傷つける。だからこれ以上近づかないでください」
それだけ言うと彼は去って行ってしまった。
私の手の中には彼のハンカチが残されたままだ。
+++
それからというもの、私は彼に避けられるようになった。
すれ違っても目を合わせてくれない。
話しかけても無視される。
それでも彼のことが忘れられず、私はずっと苦しんでいた。
ある日の放課後、生徒会室でぼんやりしていると、宗祇先輩がやってきた。
私は何も考えずに彼を見つめる。
視線に気付いた彼がこちらを見た瞬間、私は息を呑んだ。
漆黒の瞳は濁っていて、口元は怒っているように歪んでいる。
「…僕を見るのはやめて下さいと言ったでしょう」
「見るのをやめろとは言われていませんよ」
「…とにかくやめてください」
「どうしてそんなに私を嫌うんですか?私、宗祇先輩のことが好きなのに」
私の言葉を聞くが早いか、先輩は急に近づいてきて唇を重ねてきた。
「んっ!?」
突然の出来事に頭が真っ白になる。
甘ったるい香りが鼻腔をくすぐる。
「これで分かりましたか?」
先輩は冷たく言い放つ。
でも、私は何も言えなかった。
だってキスされた喜びの方が大きかったから。
「僕はあなたが嫌いとは言っていませんよ、カナさん」
そう言って彼は笑みを浮かべると、またゆっくりと顔を近づけてくる。
今度は抵抗しなかった。
「僕に近づかないでと言っているのに。貴女の夢を壊したくない。………いや、失望されたくないんですよ。僕はこんなに醜くて汚いんだと知られたくはない。本当は今すぐこの場で押し倒してめちゃくちゃにしてやりたいくらいなのに」
「えっ…ええっ!?」
耳元で囁かれる甘い言葉が心地良くて、つい聞き入ってしまう。
「それでも本当に嫌いたいですか?僕の事」
「……」
「答えられないならもう一度」
そして私たちは何度も何度もキスをした。
お互いの愛を確かめるかのように。
+++
「先輩!今日は何を食べますか?」
「そうだなあ。昨日は肉だったから魚かな」
「じゃあアジフライですね!」
あれ以来、私と先輩は付き合うことになった。
相変わらずお金は無いみたいだけど、私が養えばいいだけだし、私もバイトを始めたので問題ない。
「お昼ごはんを毎日食べられるなんて、なんて幸せなんだろう。しかも美味しくて可愛い彼女が作ってくれたものだなんて」
「もう、先輩たら。おだてるのが上手なんだから」
「本当だよ」
そう言う先輩の顔はとても幸せそうで、見ているこっちまで嬉しくなる。
「これからもずっと一緒にいてくれる?」
「はい、もちろんです」
私達は再びキスをした。
+++
月日は流れ、私達は25歳になった。
私は就職したが、先輩は大学が合わずに中退してしまったので、今は家で内職をしている。
しかしその内職も月に3000円程度にしかならないらしく、いつも困っていた。
「ねえ、先輩。アルバイトでもしたらどうですか?コンビニとかファミレスとか、色々あるじゃないですか」
「もう50回くらい面接したけど、どれも落ちたよ。掃除のバイトは求人文よりハードで続かなかったし…」
「うーん……じゃあ私と一緒に劇団に入りませんか?」
「劇団?アルバイトにも受からない人間ができる仕事とは到底思えないけど」
「大丈夫ですよ。うちのお姉ちゃん、演劇やってるんです。そのコネを使えばきっと――」
「そんなに甘い世界じゃないよ。どうせタダ働きさせられて終わりさ」
「やってみないと分からないでしょ?ほら行きましょう」
「ちょっと、カナさん」
こうして半ば強引に寿郎さんを連れて行ったのだが……
なんとその日から寿郎さんの演技力が認められ、主役に抜擢されることになってしまったのだ。
寿郎さんの初舞台ということで、私は大急ぎでチケットを用意したり、関係者席を確保したり、忙しい日々を過ごした。
だが寿郎さんは本番に熱を出してしまい、舞台に立つことはできなかった。
「ごめんね、カナさん。せっかく用意してくれたのに」
「気にしないで下さい。それより早く元気になってくださいね」
「うん……。カナさん、あの――」
「はい?」
「……ありがとう」
キャンセル料はすべて寿郎さんが払う契約のため、私達には莫大な借金が残された。当然返せる当てもなく、途方に暮れていたある日のこと。
「生活保護を受けようと思う」
「え…」
突然のことに言葉を失う。
「それってどういう……?」
「そのままの意味だよ。僕達が暮らしていくためには、これしか方法がないんだ」
「そんな……どうしていきなり」
「いきなりじゃないよ。子供の頃からずっと検討していたことだ。それとカナさん、僕と結婚しよう」
突然の言葉に私は戸惑った。
「寿郎さん、いきなり何を……」
「このままじゃ二人とも共倒れだ。だから僕たちは結婚しよう。僕たちの未来のために」
私は静かに首を横に振った。
「……嫌です」
「どうして?僕たち愛し合ってるじゃないか」
「愛してるからこそ、結婚したら駄目なんです。結婚するということは生活を共にするということだから。つまりお金の問題がついて回るんです。私たちにはまだそれは早すぎると思います」
「…貧乏な男とは結婚できないってこと?やっぱり裕福な男がいいの?」
「違います。そういう意味じゃなくて……私たちはまだ若いし、これからいくらでもやり直しがきくと思うの。だけど子供ができたらそうはいかないでしょ?」
「子供は作らない。やり直しって何?僕と別れる気なの?僕は絶対に別れないよ」
「そうじゃないの。ただ私はあなたに幸せになって欲しいだけ。あなたは優しいから、きっと素敵な人と巡り会えるわ。その時は迷わずに掴んでほしいの」
「僕は君以外考えられない。君は僕以外の誰かと結婚するつもりなのか?」
「……分かんない。今は何も考えたくない」
私はその場を立ち去った。
+++
数日後、私は寿郎さんの部屋を訪れた。
ドアを開けるなり、彼は私の腕を引いて抱きしめた。
「やっと来てくれた」
「……ごめんなさい」
「謝ることなんて何もないよ。来てくれないかと思った」
「来るつもりは無かったの。でも、どうしても話がしたくて」
「話ならここですれば良い」
「ううん、ここじゃダメなの。どこか別のところに行こう?」
「分かった」
私たちは近くの公園に行った。
ベンチに座れば、夜風が吹いて火照りが冷める。
「…僕の事、嫌いになったんだね」
寿郎さんは悲しげに言った。
「違う!嫌いなんかじゃない。大好きだよ!」
「良いんだ。最初からそう言っただろ。『君は僕をきっと嫌いになる』って。僕はそういう星の下に生まれてきたんだ」
「そうじゃないの。私だって本当は寿郎さんと……」
「君が好きなのは僕の顔だけだ。本当の僕は醜くて、貧しくて、そして…一人ぼっちなだけの人間なんだ。それがバレたら、みんな離れていく。父さんも母さんも、友達も、そして……カナさんも」
「……」
「恋人がいる人生は…幸せだったよ。これ以上望んじゃいけないね。じゃあ…元気で」
「待って!!」
寿郎さんが去ろうとした時、私は咄嵯に彼の手を掴んだ。
「同情なら要らない。離してくれ」
「違うの。私は寿郎さんが好き。でもお金が無い人は嫌。お金さえあれば……寿郎さんと結婚する」
「なら、顔の似てるほかの男を当たってくれ。こんな顔、どこにでも居るだろう?」
「ううん、寿郎さんは世界でただ一人しかいない。あなたしか居ないの」
「…つまり、セフレってこと?そういう事だよね」
「え?」
「結婚はしない。けど顔は好き。だからいつでもほかの男に鞍替えできるようにキープしていたい。君が言ってるのはそういう事だよ」
「ち、ちが…」
「結婚って言うのはお金だけでするものじゃない。離れたくないっていう鎖で繋がるんだ。僕は君の都合のいいオモチャじゃない。今鎖で繋がなければ、僕はあなたの前から消える。さあ、選んで。結婚するか、別れるか」
私は言葉に詰まった。
そんなつもりで言ったわけじゃない。
だけど……確かにそうなのかもしれない。
「ねえ、カナさん。答えてよ」
寿郎さんは真剣な眼差しで見つめてくる。
私はもう逃げられない。
そう思った。
「寿郎さん、私と結婚してください」
「……助かりました。もし断られたら、自殺しようと思っていたので」
「どうしてそこまでして私と結婚したかったんですか?」
「…分からない。もしかしたら、苦しかったのかもしれない。冷たく、底のない沼のような孤独が。でもカナさんが救ってくれた。あなたは僕にとっての女神だ」
「私も海で溺れたことがありますから、その苦しさは分かりますよ」
寿郎さんは私の発言が可笑しかったのかクスッと笑った。
「加奈。…愛してる。どうか僕と結婚してください」
「はい、喜んで」
寿郎さんは私をぎゅっと抱きしめる。そしてそっと唇を重ねる。
「…本当は、あなたの作った味噌汁が毎日飲みたかったからです」
寿郎さんははにかむように笑う。
「これから毎日作ってあげますよ。付け合わせは何がいいですか?」
「やっぱり、アジフライかな」
「寿郎さん、好きですねぇ」
「だって美味しいんだもん」
「ふふっ、じゃあ明日は久しぶりに作ってあげますね」
「…それってつまり、今夜は朝まで一緒にいてくれるってこと?」
「そういうことです」
寿郎さんの表情がみるみる赤くなる。
「嬉しい……。じゃあ早く買って帰ろう」
「はい!」
私達は手を繋いで歩き出した。
月明かりが私たちを照らしている。
まるで祝福するように――。
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