「ほうば味噌」を食べた
さいたま市の外れの外れ、ずーっと農村だった俺の故郷は、俺が小学生の頃から大規模な開発が始まり、今では立派な「ニュータウン」になっている。「美園ウイングシティ」とか言うらしい。実家に帰るたびに「思い出」が地形ごと消滅しているのを見る気持ちはなんとも言い表せない。
小学5年生のときに駅が出来た。それまではどの駅からも遠くて、ここが「地球の果て」だと思っていた。今でもなんとなくその気持ちは抜けていない。
だから「果て感」のある街を見るとなんとなくほっとする。故郷みたいだと思う。
そんな地の果ての街から出かけて、「大宮駅に行く」というのはまさにビッグイベントだった。生活に必要なものは近所の「しまむら」か「ビッグA(安いスーパー)」で全て揃うのだ。大宮駅前でお買い物なんて年に一回あるかないかのとんでもないお祭りだった。
いつもは大事にしまってある「よそゆき」の服を身につけて、親父の運転するトヨタ・スプリンターの壊れて開かなくなった窓から大宮駅東口のデパート街が見えたときには、俺の小さな心臓がバクバクと音を立てて震えたのをよく覚えている。
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親の退屈な買い物(絶対に何も買ってもらえない)が済んで、薄暗〜い階段を上がる。今は無き大宮中央デパートの最上階にはレストランがあった。うちは農家だから外食そのものが年に一回あるかないかだ。一回も無い年もある。このレストランでお子様ランチを食うためだけに親の買い物についていく。お子様ランチにはいつも、超おもしれえおもちゃが付いていた。
そのときはプラスチックの車のおもちゃだった。店員さんが見せてくれたのだ。ふん、なかなかおもしろそうだぜ。手のひらでコロコロと車輪を転がす。おもしれえ〜。超欲しい。俺のガンダムと戦わせてえ。単一電池マンは負けたからなあ。あいつの雪辱を晴らすのだ。
私のオーダーは……、ふん、そうだな、お子様ランチで決まりかな。今日は特別な日なんだ。とびきりのを頼むよ。というタイミングで、親がメニューを見ながらこう言った。
「ドリアおいしそう」
ドリア? なんだドリアって。どんな字だ? 想像もつかん。なんだドリアって。どんな有り様だ? ドリア? 気になるなドリア。おいしそうなのか。ほう。ほほう。
「ドリア食べたい」と俺は言った。かなり賭けだよな。大人が食いたがるもんだから、「筑前煮」みたいなもんが出てくるかもしれん。筑前煮みたいなもんが出てきたら終わりだ。年に一回あるかないかの外食の機会に筑前煮みたいなもんを食わされたら子供はグレるだろう。だが俺は持ち前のフロンティア・スピリットを丸出しにしてドリアを頼むことにした。
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ドリアが来た。なんだこれ。どうやって食うんだ? 焼けたチーズのうまそうな匂いがする。スプーンで食うの? へえ。親に言われた通りにスプーンですくう。パク。
脳天に衝撃が走った。
それまで食べた全ての中で一番うまかった。なんだこのドリアたる食いもんは! すさまじくうめえ! 途轍もねえ! やべえ! やべえ!! 大変だああ!!!
あのとき、「これから先もこうやって沢山うまいものに出会うんだろうな」と思った。人生が楽しみになった。
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親父は農家の長男で、高校卒業とともに家を継いだ。だからお爺ちゃんとお婆ちゃんは一緒に住んでいた。その俺の家では特にお婆ちゃんが台頭していたので、意見は絶対だった。絶大な権力を誇るお婆ちゃんの意向により、朝ごはんはいつも和食だ。
俺は朝にパンを食べてみたかった。焼きたてのパン。アニメに出てくる「トースター」が特に憧れだった。バターを塗って食べてみたい。ジャムを塗って食べてみたい。パンをくわえながら学校まで走ってみたい。ああ、いいなあいいなあ。パンが食べたい。
あるとき、お爺ちゃんとお婆ちゃんが揃って老人会の旅行に出かけた。両方ともいないのは俺の人生で初めてだった。何日か帰ってこないらしい。
朝起きるとなんとなく、家の様子が違う。寝ぼけ眼をこすりながら、階段を降りて一階の居間に向かう。階段の途中から「良い匂い」がする。パン屋さんの前みたいな匂いだ。
「……?」
なんだろう、と思いながら居間の引き戸をガラガラっと開ける。親父と母親がニッコニコで皿を運んでいる。部屋中に立ちこめる焼けたパンの匂い。テーブルを見ると、テーブルいっぱいに埋め尽くされた焼きたてのパン。
パ、パンだあああああ!!!!!! うわああああああああ!!!!! 大変だ!!
お兄ちゃーーーん!!!! パンだああああああ!!!!!
ジャム!!? ジャムたるもんが我が家のテーブルに!!!?? すげえ!!
スクランブルエッグ!!? なんだそれ!! すげえ!!
ベーコン!!? べべべべべ、ベーコン!!!?? あああああああああ!!!!
おいしかった。忘れられない思い出だ。
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大人になって、ある程度の価格帯のものだったら大抵は食ったことがある状態になった。初めてのものでも大体想像はつく。マカロンの食感はびっくりしたけど。マカロンはびっくりしたな。カヌレもびっくりした。びっくりすることもある。
とはいえ脳をぶっ壊されるほどの衝撃はもう味わえないんだろうと思っていたんだが、5年ぐらい前、27歳のときだ。びっくりするほどうまいものに出会った。
白川郷の合掌造りを見物しに、飛騨高山へ1人で旅行に行った。ちなみにあれ結構おもしろいぞ。合掌造りの中に普通に人が住んでるのだ。「この先、吉田家」とか書いてあって、マジで吉田さん(仮)が暮らしてる家の中にお邪魔して見学するのである。「この部屋は生活してるので入らないように」とか書いてある。引きこもってたら大変だよな。見ず知らずの観光客が間違えて部屋に入って来る可能性があるんだぜ。
ひとしきり見学して、「ひぐらし」のアングルで上から見下ろしたりコスプレイヤーの集団に出くわしたりしながら白川郷を後にする。そこから車で1時間半ぐらいだろうか、山道を走って高山市に入った。
予約したのは安い温泉宿で、合宿で使われるような感じの粗末なところだ。温泉入って寝て、朝。「それ」に出会ったのは朝食でのことだった。
朝食はご飯と味噌汁、海苔と納豆と卵。普通だ。あとは申し訳程度に焼き魚が付いていた気がする。メインディッシュは例の固形燃料を燃やして熱するタイプのうれしいやつだ。固形燃料の上には網とアルミホイルが載っていて、その上にでかい葉っぱ、葉っぱの上には味噌が載っている。この味噌でキノコとかネギとか牛肉とかを焼くらしい。
へえ。「ほうば味噌」って言うらしい。郷土料理ですな。だいたい内陸の郷土料理って大したことないんだよな。山菜とかもな。あんなんただの「ギリギリ食える草」だからな。まあ味噌ですか? テンションは上がらんけど思い出になるかな。という気持ちだった。
焼けた「ほうば味噌」をネギと絡めて、箸でちょっとすくって食う。
脳天に衝撃が走った。
それまで食べた全ての中で一番うまかった。なんだこのほうば味噌たる食いもんは! すさまじくうめえ! 途轍もねえ! やべえ! やべえ!! 大変だあ!!!
信じられないぐらいうまかった。なんだこれは。マジでびっくりした。こんなことあるんだな。
安い宿の何気ない朝食で出てきたもので脳をぶっ壊されたぐらいだから、どこで食ってもうまいと思う。食べたことない人は人生の全てを損してるから今すぐ仕事を辞めて飛騨高山に行くこと。明日の朝までに感想を俺に送るように。
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ほんでカレーなんですけど。前回予告したのでサクッと論破しとくかな。
カレーにジャガイモを入れねえ奴がいるんだよ。言語道断だ。ジャガイモを入れてくれ。
もしこれを読んでる人の中にジャガイモを入れない人がいたら、申し訳ないけど今から俺の言う通りにしてくれ。まず最初に、カレーにジャガイモを入れてくれ。
まずジャガイモを入れる理由を言っておくか。これは簡単で、読んでもらった通りだ。思い出を大切にしろ。以上だ。
少年の日に食ったカレーの味を覚えているか。そのときジャガイモは?
入っ……? てたよな? はい、ありがとう。じゃあよろしくな。
そのなんだ、わけのわかんねえスパイスカレーとやらは、あの日食ったカレーよりもうまいかね? 否だな。じゃあよろしくな。
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一応なんか「入れねえ理由」とやらがいくつもあるらしい。代表的なものを挙げて、それぞれについて俺の見解を述べて終わりにしよう。
・まずくなる
まずくならない。
・家のカレーみたい
お前はどこでカレーを作ってるんだ?
・味がぼやける
意味がわからん。
・ジャガイモを入れるとすぐ悪くなる(傷みやすくなる)
まあそう言うなよ。な! まあまあ、そんなこと言うなよ。考えすぎじゃないか? 考えすぎだよきっと。な。まあそう言うなって。気にすんなよ。な!
言いっこなしにしようぜ。そういうことはさ。やめとこうや。ここではな。わかるよ気持ち。うん。わかるわかる。でもまあ、な! いいじゃんそういうのはさ。
あんまりそう考え込むなよな! いいじゃん、な。ドンマイっしょそこは。ドンマイドンマイ。な!
完全に論破させてもらった。じゃあよろしくな。
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家の近くのイオンでたまに「信州物産展」がやっている。「ほうば味噌」が売っていると必ず買うことにしてる。今回も買ってきて作ったんだが、失敗してただの味噌炒めになった。毎回絶対に失敗する。
これから食べる人はどっかプロが作ったものを最初に食べてくれ。自分で作るのは何故かしらんが難しい。なんか飛騨に伝わる秘伝のコツがあるんだろう。それだけ注意してくれ。よろしく。
というわけで今回は料理の思い出でした。また次回!