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ひとつ趣味を失った話
今までとんでもない熱量で追いかけていたものが、いつの間にか自分の中で弱火になり、火の粉になり、炭になっていました。
俗に言う「冷めた」です。
なぜ冷めたか考える
2015年から、とある野球チームを応援し始めました。
元々子供のころから家族の影響で野球はよく見ていましたが、特定の球団を熱を持って応援するのは初めて。
一人で球場まで足を運んだり、本拠地だけでなくビジター球場、二軍球場にも行ったりしました。
リーグ最終戦は虚無感に襲われ、球団や選手のSNSをチェックしまくり、キャンプイン当日は「球春到来!」と色めきだっていたのに、2年前くらいから、心が動かなくなってきているのを感じました。
原因はなんとなくわかっています。
私がチームを応援し始めたころは、万年最下位、良くてBクラスの弱小チームで、年間30試合見に行っても片手で数えられるくらいの勝利数のチームでした。
球場もガラガラでチケットも前日だろうが良席が取れるし、グッズショップも空いてる。
それが、3年ほど前から優勝、日本一、リーグ2連覇と突然の快進撃。
そしてそれに伴い増えるファン。
マイナーなもの(=弱小チーム)を応援している「他とは違う私」の優越感の損失。
昔から自分に度々発生していた「自分が推していたマイナーなものが、人気が出ると冷める」という現象。紐解けばこれが原因なのかと気づき、今回久々にそのパターンがやってきたんだなと感じました。
もちろん日本一になって満足してしまったとかもあるかと思いますが。
「アイデンティティの喪失」に怖さを感じる
自分のアイデンティティの一つでもあった「趣味:プロ野球観戦」。
これがなくなることって少し怖い。
だってとてもアクティブで「他の人とは少しだけ違う」という印象が与えられるから。
それに、周りに野球観戦を楽しんでいる人が居たら
「私の方がずっと前から好きだったし、私の方が現地観戦に行ってる」
と嫉妬による謎マウントを取ってしまうかもしれない。
自己肯定感が低いくせに、目立ちたがりの承認欲求強めな性格が出ている感じがありますね。不毛だー。
そんな負の感情に向き合うために、この記事を書いています。
文章にまとめると、いかに自分がしょうもないことでグジグジ悩んでいるか、分かりますね。
自分の心に素直になることって、大事。
大丈夫、
自分のアイデンティティは、他にもある。
変なプライドや、見栄は横に置いといて。
「いま好きなこと」に正直に。
ひとつ好きなものを失うのはなんだか少し悲しいし、心に穴が開いた感じはするけど、生きていくことは取捨選択の繰り返し。
それでも心のどこかに楽しく過ごした思い出は捨てずに、大切にとっておこう。
もしかしたら何かのきっかけでまた再開するかもしれないけど、それまでは「好き!」と思えることを全力で楽しもうと思います。