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10/09 バーチャルアイドルの冒険
ゲームにおけるプレイヤーとキャラクターの関係は、インベーダーの昔から殆どがプレロールド、すなわち出来合いのキャラクターへの「操作」または「憑依」と見なせる、かもしれない。RPGでなかったとしても、ゲームの中でのキャラクターの役割を演じることを強いられたところから始まった。
しかしプレイヤーキャラクターに名前をつけたり、キャラメイクすると「自分が主体」になり、キャラクターの分身になり得ます。もちろん、自分の本名である必要はありません。ペンネームなどのようにゲーム用の名前を決めてある人も多いのではないでしょうか。
さらに、友達や家族の名前を入れた分身を複数所有してパーティ組ませたりすることで、その冒険は「自分たちの冒険」になってきます。主体はキャラクターを離れ、パーティを操作する概念になります。これがウィザードリィ等でのプレイヤー概念だったと言える。もちろんこれもキャラクターたちは架空の名前でも構わない。現実の知り合いだけでなく、アニメのキャラや創作キャラが許容されることで、プレイヤーは妄想を膨らませ、結果創作の世界に身を投じた人も多いのではないでしょうか。ゲーム世界への関わり方としての立ち位置の話です。
ゲームの登場で我々プレイヤーは様々な世界をキャラクターの視界を通して体験していきます。それが世界を救う勇者であったり、市長だったり、暗殺者であったり、配管工であったり、戦闘機のパイロットだったりすることもあるでしょう。黎明期のコンピュータゲームは操作してスコアを稼ぐことが遊びになっていましたが、そうしてごく自然に役割を演じ、世界を体感する遊びになっていったのです。
自動で動く分身が出てくると、そしてゲームで性格を設定したりするようになると、プレイも楽しいですが観察だけでも楽しめるようになります。ドラクエの戦闘システムやトモダチコレクションやRIMWORLDなどの話です。キャラクターが喋らずとも、行動確率にキャラクター性を見出したりできるようになるわけです。もちろん、ここには敵キャラのゲームAIなども含まれてきます。余談ですが自動化がもとめられる傾向はタイパコスパを求める昨今のプレイ傾向に既に表れています。放置ゲームなんかもだいぶ一般的になっちゃった感があります。世の中には観るものも読むものも多すぎる。我々は既に忙しすぎるのです。
Vtuberはこうした中で生まれた新概念です。
アバターみずからが活動し、行動の全てがコンテンツになる。
キャラクターが生きるのを見る。
雑談をしたりゲームをしたり歌を歌ったり。
アバターはリアルタイムに視聴者と交流することで、視聴者の感情移入を深めてきました。
もともとバーチャルアイドルの概念は2000年以前からあり、強引に紐づけるならアニメ「超時空要塞マクロス」のリン・ミンメイだと言われます。劇中のアイドルの楽曲を現実のアイドルのようにシングルカットして売り、認知が広がったことをさしてアニメキャラがVirtualなアイドルであると、当時新聞記事にもなりました。
くつぎけんいち氏のテライユキやホリプロの伊達杏子などをはじめ、伊集院光氏の芳賀ゆいなど大真面目に悪ふざけしたバーチャルアイドルの概念は、「誕生 〜Debut〜」「ときめきメモリアル」などギャルゲーの流れとそのキャラクターソングによってバーチャルアイドル専門誌まで生み、アニメ・ゲーム声優のアイドル化やゲーム「アイドルマスター」を経て、遂にVtuberとして台本から解き放たれ自由な魂を得た、と言えなくもありません。声優ラジオファンからすると当然の成り行きにも見えたでしょう。
アバターとゲームの融合へのヒントは、対戦格闘ゲームにおけるトレモにありました。大昔は対戦格闘ゲームにはトレーニングモードはなく、対戦することで操作や戦略を身につける必要がありました。家庭用が発売され、対戦が自由になってからもしばらくは、CPU対戦とプレイヤ同士の対戦によって練習を積むことになります。しかし煮詰まって高度化にするに至り、特定の状況を練習する必要に駆られていきます。例えば対空の練習のために飛んできてくれる相手が必要だったりしたわけです。練習は反復が必要で、そのために体力や時間が減らない、簡単な動きも自動でしてくれる、トレーニングモードがつくことになりました。
STREET FIGHTER6のトレモはことさらに高機能で、真に様々なことを確認し試し、トレーニングのための機能を満載した、次元の違うトレモでした。もちろん通信してのトレモにも対応しており、そこここで「トレモの配信」が行われます。ボイスチャットで音声を入れ、教えるアバターと教えられるアバターによる「コーチング」を見る機会にも恵まれ、はたと気づいたことがあります。
「これがメタバースの礎だ」と。ちょっと言い過ぎの感もありますが、アバター同士が向き合い、やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、褒めてやらねば人は動かじ。 話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば人は育たず。この精度で無限に試せてこそ、現実の代替になる可能性が出てくる、と。
バーチャルアバターによるバーチャルトレーニングです。ゲームの中のバーチャル道場でのバーチャル漫才がそこにありました。
明日に続きます。