粘着質な黒が空の半球に沿って一雫ずつ滴るような真夜中に光り輝く多面体は墜落した。輪郭を暗闇に埋められた公団住宅の狭間がその現場らしい。一部屋毎に灯る息遣いの大集団が銀河のように脈打ち渦を巻く。その光点の存在感と重さを時間へ縫い込んでいるから出口も入口も何処にも無い。此処は私の内側でも外側でもない。……結局のところ漂流するにしても糸切鋏が必要不可欠だったのだと思う。 夜闇に淡く透けるような蒼白の壁の列なりを遥か上空から見下ろして多面体は浮遊していた。白光するネオン管のような骨
天気雨は薄膜のように靄めいて 翻っては冷然と私の頬や額に触れる。 前触れのように 期待するように 去年と地続きの徒労を眺めている 始まりの日に。 大気の奥深くで微細な氷は集散しながら 銀灰色に渦を巻いている。 罅割れた空にほとばしり気狂いのように 光るネオンブルー その下に肺炎を患う父。 守衛の他には誰もいないエントランスから 何処へ続く扉の向こう側にも沈黙は 息衝いている。 大きな窓硝子が濾過する陽射しの喫水線を 面会室の一隅を占める自販機で測って 待っている。 清涼飲料水
列車の窓硝子を雨粒が穿って 都市に衝き進む 溶かす摩擦熱のように 外界の冷感に 内在する熱 かつかつと 削れつつ崩れ行くグレーの 歪から 不特定多数の指向性が過密する 圧力の足し算引き算に相殺される 無へ 飛び込んだ終点まで 吐き出される原形質の なれの果ての塊になっても 考えるまもなくひきちぎれて 細やかな熱の粒になって 遊離 削れつつ崩れ行くグレーの 歪へと
蝉と蝦 夏が滞って瀝青に焼き切れる。 金属めいたセミの亡骸が赤錆に朽ちて、煙草の吸殻へ手向けの火を点けた。 真っ青なエビの群が深く炎天を泳いでいるから、南洋の匂いと樹林の翳りを電波塔は受信する。 打ち上げ花火 キナ臭い黒と尊厳を炙り出す熱帯夜に、 アルコール漬けの肋骨は煤煙を噴く。 白昼が捩れて裏返ったら、 真っ暗闇に再三再四金銀の裂傷。 虹色に崩壊する天国は祈りの切実さより 速く溶けていく虚空。 今日という日が、ガラガラ音を立てて冷えていくのを、 煌めく呻き声の深度で
天色の瓶に封じこめた透明な内圧は硝子玉を咥えて凍えている 微細に破裂する冷笑を凝らせた蒼白い炎天に沸々と上昇気流は結露する 【A】玉 【B】玉 B玉ではなくてもビー玉ではなくてもそう言って構わないといった何気無さに沈没する硝子 其処に在るのねさり気無くね 其処に在ってもね無くてもね 在ってもね無いのね 目的も無いのに気泡へ分裂していく透明さが語るでしょうたどたどしく聞こえるか聞こえないかの炸裂を 【A】一時の不浄は 【B】削ぎ落しましょう 一息に捻り潰そうとして掴まえ
ライムグリーンの スパークを弔い 水煙に悼まれる 都市を荼毘に付す 父と母の葬列は 何時何時何処迄 続いていく わたしの亡霊は 無縁のまま その亡骸を捜して 行方知れず そんな景色に 火を放つ スパークは ライムグリーンに 輝きだす
流れ落ちる鈍色が殻を撫でる 冷感 透明な火花はそこらじゅうに 爆ぜている 蝸牛は殻を砕かれた なかみがはみだしている 街明かりでコーティングされた 雨滴に洗い流されて はみだしているなかみ 耳のなかみに蝸牛 水浸しになっている はみだしている る 殻のそとを撫でるように 音は何処かで遠い る シロップで甘苦く治るからといって 突き出してみる 舌
先日「ピカソとその時代 ベルリン国立ベルクグリューン美術館展」を訪れました。平面に新たな空間を構築する画家達の挑戦と強い意志を感じました。解説のパネルには、それまでの絵画はキャンバスの向こう側に在る空間を意識して描かれた、その空間を眺めるための「出窓」のような存在であったと記されていたように憶えています。 ピカソや彼と同時代の画家達は、キャンバスのこちら側すなわちキャンバスの上へ別空間や構造を新たに構築するように描いて、平面を塗ることに意識をおいていた……のような解説が、
きしきし 軋みあげる鈍い体に養分 ハードなグミとノンシュガーの コーヒーを買う かたいの やわらかいの にがいの あまいの かたくてやわらかいこの体も ぼんやりした疲労感が心を 体から剥がして がらがら 分解してしまいそう ぶよぶよ 壊れそうで壊れない この体も心も いっそ天国もろとも 壊れてくれたらいい 天国はかたいの やわらかいの 壊れそう 壊れない
陽に焼けた両腕で膝を抱えて 街角に座っているにいさんと 淡く黄色がかった陽の光に 押し流されて歩く人達。 ぽっかり浮かんでいる空欄として にいさんの目は妙に黒々と 街にとどまっている。 来て去る人達とにいさんの目に 触れるか触れないかの 一過性の関係が生起する。 にいさんの目は来る人も去る人も 捉えず 刻々と変容する彼の視界を眺める。 それはただ光の瞬きに等しくて。 にいさんのまえを通り過ぎるとき わたしのなかにあらかじめ在る 時間と全てのものとの関係は 光の粒子に砕け散
並行世界のように桜は咲いた 花のひとつずつに小宇宙 群がりつつ枝分かれする小世界 その世界のひとつずつが いとなんでいる小さな生成と消滅 すずなりの有と無は瞬いて白く白く 枝をのばした この世の裂目は 大きな桜の木になった 世界を侵食するように桜は咲いた この世を包括する空の碧を 歪めて 生成される空白が花を象る 宇宙のなかへ咲くもうひとつの宇宙 誘爆しあい 激しく泡立つ 白い世界の集まりは 渦をまいてこの世界にあらわれた さらさらと空間から剥離する この世へちりぢりに砕
遠雷が夜明けを呼んでいた 予感めいたものは まだ彼方にあって 私の頬を冷たく撫でるだけ 雨上がりのアスファルトが 青く昇っていく陽の光に ほのあかるく濡れていた 湿った砂埃を踏む 誰かの足音の なまめいた響きは 機材を積むトラックの轍に ひしゃげてしまった そのとき鳥が 鋭く鳴いた プレーンな食パン一枚で 朝食はすませて 残り時間は惰眠を貪る おもに糖分の足りていない 私のあたま 疲れたままの私のからだ ひとつ コンビニへ投げこんで 菓子パンをひとつ買った もっと
曇りガラスの メガネのむこうで 街明かりの超新星爆発 信号機の連星は瞬いて 電光掲示板の星雲を 受信…中…… 「まえみて歩けよ」 となりのビニール傘から きみの危険信号 送……信中… わたしは雨の流星に 降られながら 夜を 遊 泳 中
帰りの電車が動かないから デパ地下へ苺のパフェを 二つ 買いに行こう 考えることは みんな 同じなんだろう 華やかなショーケースに あまやかな多幸感が ひしめいている ショーケースの前に スーツの灰や黒の 列 一番後ろに並んだ 私 誰かのいきどまりが 誰かのよりみちに つづいている 私の目の前のスーツは 苺のショートケーキと モンブランを ひとつずつ買っていった 蓄冷剤は 三十分 次は私の番だ