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犬よ2

犬を洗った。2年ぶりだった。子犬の頃からお風呂が嫌い、水に濡れるのが嫌い。雨の日は足が濡れるのを嫌がって前足を片方ずつあげていた。お風呂という日本語を覚えているので「今日はアレするから」と犬に気取られないように準備をした。まぁ事前のブラッシングで大体バレるのでその前に全ての退路を塞ぐ。2階の寝室に逃げられるとガチ追いかけっこで捕まえられないので、犬が1階のリビングから出られないように念入りにドアを閉めた。やっとこさ捕まえて、ビチビチにはね回って暴れるのを抱えてお風呂場で待機している母に託し、風呂上がりの犬を拭いてやるのが私の仕事。もちろん脱衣所のドアもきちんと閉めないと、濡れたままあちこちでブルブルと柴ドリルで走り回り大変なことになるので。
犬はドライヤーも嫌いなのでご立腹なのを捕まえてタオルでできるだけ拭く。あらかた拭けたらリビングに戻してやって、犬が怒りのままに5分ほどソファに飛び乗り、飛び降りてはテーブルの下を走り抜けてぐるぐるぐるぐる暴れ回るのを見守る。時折犬に轢かれるので隅っこに避けつつ、合間におしっこを大体はトイレの目の前とかでするので(多分確信犯的に)トイレの上に誘導してお尻と足を拭いて、お水を飲ませる。犬は水飲むのが好きではないから勝率は半々。湯上がりでかつ興奮していて走り回ってハアハアしているのに水は飲まない。

犬は老いて病気をした。調子の悪い時は横たわって動けず、シリンジでチュールやらお水やら口に突っ込んでも抵抗せず端からたらりとこぼれていた。口を開けてお薬を放り込むことすらできた。飲み込めないので粉砕して犬用のポカリ(そんなものもあるのだ!)で懸濁して注入していた時もある。母は人間の看護師なので獣医さんから「本当なら入院して点滴なんだけどねー、看護師さんならねー」とお薬のアンプル(お薬が入ってるガラスの小瓶)と注射器をもらって自宅で母が注射をした。動物医療界そんなのありなのか。まぁちゃんと看護師の資格があるから、注射とかやっていいよという国からの許可はあるのだ、対人間だけど。
ちょっとずつ犬の調子はマシになった。病気の後遺症でまっすぐ歩けないし首は傾いているし、老化で目も耳も利かないし、よくお腹の調子を崩して下痢や血便が出たりするし、ずっと歩けなくなった。シニアになって散歩の楽しさに目覚めて、病気をする前は1回の散歩に2時間、それを朝夕2回やっていたのに。
でも犬はちょっと元気を取り戻した。子犬の頃から犬用のごはんが嫌いで夜中お腹が空いたら起きてちょっと食べていたのが、出した瞬間ガツガツ食べて完食するようになった。味に飽きるのは変わらないようで週替りで好みが変わる。牛乳かけごはん(犬用の牛乳もあるのだ!)を今は好んでいるらしい。子犬の頃は牛乳が嫌いで嫌いで見向きもしなかったくせに。あんまりにガツガツ食べるから母の手ずから与えられたのを誤って指もかじって、母は1針だけど縫った。これは人間の病院で、人間のドクターに処置してもらって、破傷風のワクチンも打ってもらった。目が見えないから人間の指も犬のごはんも見分けがつかないのだ。今は犬用におろしたスプーンであげている。錠剤を上手に吐き出す元気も戻ってきたのでチュールにまぜてスプーンで与える。2回ほど吐き出されたりするがなんとか毎回の内服はできている。
お散歩もずっとは歩けない。でも犬用カートに乗せてはおろし、また乗せてを繰り返して朝夕2回お散歩に行く。便通のコントロールにエビオス錠や獣医さんに処方してもらった薬を飲ませて近頃はお腹の調子は壊していない。柴犬あるあるなのだけど外でないとうんちをしないのは老いても変わらない。病気で寝込んでいた頃はお腹も調子が悪くてよく失禁があったのでおむつを日夜していた。おしっこはともかく下痢便の失禁は始末が大変なので。今はおねしょをするから夜だけおむつをしている。お外でおしっこやうんちをして、カートに乗ったり降りたり歩き終えて家に帰ると犬はその場でずっとくるくる回っている。家でのくるくるを含めると相当な運動量なはずだ。散歩後長いと1時間ほど回っているのだから。目が回るらしく途中で休憩は挟みつつぐるぐるぐるぐる、そう言えば若い頃も散歩から帰ったらお風呂ぐるぐるぐるぐる走り回っていた。ソファに飛び乗り、飛び降りてテーブルの下を走り抜けて時折人間を轢く。もう自力ではソファに乗れないし走れないけど犬は毎日毎日ぐるぐるぐるぐる回っている。
そして先日病気をして以来2年ぶりのお風呂に入れた。耳が聞こえないから母と役割分担の調整をおおっぴらにした。チョロチョロ逃げ回っていた犬は実に簡単に捕まえられた。脱衣所に向かうだけでビチビチに暴れていた犬がおとなしい。湯気には気づいたか。お湯をかけられて犬は鳴いた。クゥーン!!ワゥーン!!老いてから犬は何にでも鳴いて文句を言う。近頃は散歩後に足を拭かれるのにも毎回こうやって文句を言う。いや子犬の頃から露骨に嫌な顔をするから嫌いなのは知っていたがそんなにか。犬は無駄吠えをする質ではなかったので爪切りの時に唸るのとピンポンにひと声吠えるのと、あとは機嫌が悪くなる禁句があって母が言う「にゃおん」がなぜだかめちゃくちゃ嫌いだった。庭に来る野良猫に「にゃおんが来た!!」と母が言うと低く唸って私が知る限り一番怖い声で威嚇していた。ちゃんと人間の言葉がわかるので庭を覗いてそこでおしっこをする野良猫に怒るのだ。猫がいてもいなくても母や私や弟の「にゃおん」には反応して牙をむいて怒る。例えばテレビのナレーションや猫の映像の「にゃおん」には反応しないのに。実際散歩中に猫に出くわせば匂いを嗅ごうと近寄ってはシャーッとされているのに、家の中にいるとにゃおんに怒った。
老いて犬は唸ったり吠えたりはしない。クゥーン!!ワゥーン!!と色んなことに文句は言う。母の「にゃおん」は聞こえなくなったし散歩中に猫に出くわしても気づかないのでご近所の猫からはあいつは無害だと認識されて逃げられもしない。どてっと腹を出して寝転ぶ野良猫の横をぽてりぽてり犬が通る。あるいはカートに乗ってカラカラと押されて行く。犬の世界は狭くなったり暗くなったり、それがいいことも悪いことも両面。嫌いな言葉は聞こえないし、怖かった例えば雷の音、花火の音、お風呂の呼び出し音(洗い場の準備は整ったから犬をとっ捕まえて連れてきてくれの合図)も聞こえないから怖くない。おや湯気?と思った直後にお湯をかけられて全身濡らされて大嫌いなのは変わらないのに!!人間の声も聞こえないから突然触れられたらびっくりするし、そもそもうちの犬は撫でられたり抱っこやらのスキンシップが好きではない。濡らされて洗われて抱えられてタオルで拭かれて抵抗していた。でも大嫌いなドライヤーは音が聞こえないから怖がらなかったし、筋力が衰えて踏ん張れないから柴ドリルとはいかないもののブルブルと水滴を飛ばすこともやれはした。相変わらず水は飲まないし走れないけどぐるぐるぐるぐる回って、2年ぶりのお風呂は興奮したのか夜中の3時まで犬は寝付かなかった。犬よ、老いて見えないし聞こえないから怖いものは少なくなったか。相変わらず嫌いなものは嫌いか。ごはんとお散歩は好きになったが飽きっぽいのは変わらないな。前々から嫌な顔は露骨だけど文句を大声で鳴く。犬よ、犬よ、走れなくなったうちの柴犬。頼むから寝てくれ。

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