しきから聞いた話 128 落ちたかわせみ
「落ちたかわせみ」
駅の近くの商店街から、一本入った道を歩いていると、突然頭の上で、どん、と大きな音がした。
見上げたのは鉄筋コンクリート二階建。通りに面した二階の外壁は、一面がガラス張りで窓は開いておらず、人の気配もない。
何の音だったのだろうかと、何気なく目線を足元に向けると、すぐそこに鳥が一羽、落ちていた。
拾い上げ、手のひらに乗せる。
カワセミだ。
光沢のある、青く美しい羽。薄茶色のふかっとした腹。大きな頭、艶やかな長いくちばし。
手のひらに、ほのかなぬくみが伝わってくる。
死んでしまったのだろうか。
もう一度、上を見る。
ガラス張りの外壁は、鏡面のような加工がされて、よく晴れた青い空と、わずかな白い雲が映っている。
ここに空が続いていると、見誤ったのだろうか。
そういえばずいぶんと以前に、建築中の建物の、まったく透明なガラスに、ツバメが激突するのを見た。あのときも、ものすごい音がした。そして、けれど、あのツバメは生きていた。
後で鳥にくわしい人に聞くと、ガラスに鳥がぶつかるのはしばしばあることで、大抵は脳震盪を起こして、しばらく気絶するのだろうと言っていた。
手のひらのカワセミを注意深く、なるべく動かさないように観察する。
血は出ていないか。骨は折れていないか。息をしているだろうか。
できるだけ、触らないように。そうしてしばらく、ためつすがめつしていると、いきなりぱちりと目が開いた。
ぱちぱち、まばたきを2回。
カワセミは腹を上に、両足を天に向けて、手のひらに乗っていた。なので、顔がよく見える。
まばたきをした後、ゆっくりと首を左右に動かす。
(ここはどこだろう 何が起きたのだろう)
そんなことを思っているようにも見える。
腹を上にしていたのでは、不安かもしれない。そう思って体の向きを変えてやろうとすると、下になっていた翼が横向きになった瞬間、
もぞ、と動き、ぱっと飛び立った。
あ。良かった。いや、大丈夫か。
カワセミはこちらの目線の高さでまっすぐに飛び、すぐに身を翻して右の建物の影に消えた。
あんなに俊敏に飛べるのだから、これといった怪我などはしていないだろう。
ほっと安堵するのと同時に、何やら想いをくじかれたような、拍子抜けの感じがした。
いやしかし、カワセミとは、なんと美しいものか。そしてあの軽さ、柔らかさ。
近くで見ることができた、感じることができた、心配することができた。そして、無事を見届けることができた。
まあ、それでよかったではないか、と思った翌日。たまたま、また同じ道を歩いて所用に出た。昨日のカワセミはどうしているか、後からどこやら痛んだりはしていまいか、などと考えながら、件のガラス張りの建物の前にさしかかる。と、そのとき。
ぽとりと足元に、小さなものが落ちた。
反射的に上を見ると、きらり青い翼が飛び去っていく。
落ちてきたのは、小さな魚だ。
「ありがと」
風に乗って、小さな声が耳に届いた。
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