セレブと女子高生(Ⅳ)
「え…成瀬さん、凄いじゃない!!初日でいきなり70万のお客さん捕まえるなんて!あのお客さんに気に入られたのね。」
美保さんが帰り、時間が来たので控え室に戻ってきたタイミングで、安斎が話しかけてきた。
「いや…」
正直なところ夜の世界で働いた、という感覚は無かった。
むしろ、私が初めて会った人とこんなに話せるなんて思っていなかった。
ただ、会計の金額はやはり私がしていたのは夜の仕事であるということを忘れさせてはくれなかった。
「もし良かったら、またヘルプに来てくれないかな?」
店長が私に尋ねてきたが、もうこの世界で働くことは無いことだけは自分の中でハッキリしていた。
残念がりながら、
「これ、今日分のお給料ね。」
「え…」
そう言って私に手渡してきた封筒はかなりぶ厚い。
「はい、今日のバイト代、ちょっとオマケしてあるから。ありがとね。」
中には明細のような紙が入っており、見るとそこには、21万円と記載がされていた。
想定外の金額に驚いてしまった。
「え…と、こんな大金なんですか…?私、ただ4時間くらい働いただけなのに。。」
「あのお客さんが入れてくれた、お酒ってウチで一番いいお酒なんだよ。そんで、ウチのお店、アルコールのボトルの金額の3割バックです。」
「えー、めっちゃいいじゃん!!もらっておきなよ!」
受け取れずにいると安齋からも説得され、私のアルバイト4ヶ月分程の大金を、僅か4時間程で手に入れることになってしまった。
帰り道ーー
「安齋さんって、毎回こんなにバイト代貰ってるの?」
金銭感覚が狂ってしまいそうだと思いながら、安齋に質問を投げかけてみた。
「いやいや、私は月末まとめて貰ってるから。それで大体40万くらいかな〜。ってか、成瀬さん、絶対才能あるって!ホントに続けてみない?」
「いや、ホントに今日だけで。。」
安齋がなぜキャバクラで働いているのか、少し気になったもののそれ以上突っ込むことはせず、家に帰った。
「ただいま」
鍵を開け、家に入るとリビングに電気が付いていた。
「おかえり。LINEの返信もしばらく帰ってこなかったから、お母さん心配したわ。」
リビングで私の帰宅を待っていたのであろう母が私を出迎えた。
「ごめん。連絡来てるの気づかなくて。。」
「勉強会は楽しかった?」
「うん。」
「そう…。それならいいのよ。お友達の親御さんにはごこんな遅くまで迷惑じゃなかったかしら」
「大丈夫だよ。」
「お風呂入ったら早く寝なさいね。お母さん、もう寝るわね。おやすみ。」
そういうと母は自分の寝室へ入っていた。
私はお母さんに気まずさを感じていた。
嘘をついてたという気持ちともう1つ。
その感情を抑えながら、一介の女子高生の荷物にふさわしくない21万円という大金を隠すため急ぎ自分の部屋に向かった。
明細は家に帰る途中のコンビニのゴミ捨て場に捨てた。この現金はどうしようか。バイト代の振込先にしている自分の口座はあるが母に管理を任せているので、預金記録をつけるわけにもいかない。そうなると、必然的に自分の部屋に隠すほかない。
少し考え、万が一母が自分の部屋に入ってきた時にも見つかることがないであろう場所ということで、机の一番下の引き出しを完全に引き出し切った場所に置いた。引き出しを抜かなければ見つかることは無い。
一旦の隠し場所を定め、お風呂に入った。
お風呂では今日起きた出来事を思い出していた。
初めてのキャバクラ。今後やることはないだろう、いや、絶対ない。
私には接客は絶望的に向いていないし、やりたいとも思わない。バイトとしてコンビニで働いているが、別に愛想や必要外の会話を求められることは無い。単調作業だ。
その点、安齋のようなコミュ力が高い人間にはうってつけの仕事なんだろう。
そして、美保さんというセレブ。
初対面の私を指名して、何時間も延長していた。
別に人を楽しませるような話が出来る訳でもないし、無関心が祟って流行りの話も、何か詳しい分野がある訳でもないただの未成年の女の話をただただ楽しそうに聞いていた。
そして、私も気づいたら自然と口が動いていた。
たかだか3時間程度。
それでもその時間で、おそらく私が生きてきた今までで誰よりも話がしやすかった……おそらく、母よりも。。
そんな先程まで感じていた気まづさを再度感じていることに気づき、私はそれ以上考えるのをやめた。
きっと、美保さんが聞き上手なのだ。話を自然と引き出させ、話し手を気持ちよくさせる事が得意なのだ。
そしてただそれだけのためにお金を払ってもらうことは良くない事だとも思った。
髪を流し、お風呂を出て、その日はもう寝ることにした。
翌日はもうほとんど普通だった。
21万円をどうしようか、という問題はあるものの、少しずつ使っていけば大丈夫だろう。
昨日起きた事は一夜のうちに起きた幻のようなことくらいで考えることにした。
教室に着くと安齋が話しかけてきた。
「成瀬さんおはよう。昨日は本当にありがとうね!お母さんとか心配されなかった?」
「おはよう。うん、大丈夫だよ。」
「そっか、よかった。ほんと無理言ってごめんね。お礼したいんだけどさ、今度何か食べ行こうよ!私奢るからさ!」
「大丈夫大丈夫!バイト代も貰ってるし…。本当に気にしないで、気持ちだけで十分だよ。」
「えー、私の気が収まらないよー。成瀬さんスイーツとか好きじゃない?いちご好きって言ってたよね!近くのホテルでスイーツバイキングフェアやってるんだけど、そこ行かない?」
「本当大丈夫だよ!私、放課後はバイトとかお母さんのご飯の準備とかあって、あんまり遊べないの。」
安斎には悪いが、元々そういう人間なのだ。
たまに何人かの友達と放課後遊んだりすることもあるが、喫茶店で話したりする際も、私が関心がない、あるいは知らない話題で盛り上がっている時、空気を悪くしてはいけないと思い、気を遣うのが本当に大変で面倒。
そして、何よりそんな私と一緒に遊んでも楽しいはずがないのだ。
お互いに気を遣うのであれば遊ばない方がいい。
だから、いつもこんな言い訳をして出来るだけすぐに家に帰っていた。
「そうだったのね…そんな中昨日はほんとにありがとうね。でも、お礼はさせて?違う形で考えておくから!……あと、成瀬さん、またヘルプ頼んだらやってくれたりする?ほんとたまにでいいし、お金に困ったりした時に……」
「それもごめん。昨日は安齋さんが本当に困ってそうだったから行ったけど、私やっぱり向いてないよ。申し訳ないけど、ヘルプのお誘いは昨日だけってことにして欲しい。もちろん、安齋さんが働いてるのも黙っておくから。」
少し食い気味に答えた。
母子家庭だから、お金に困ってないと言ったら嘘になる。
だからバイトもしているしキャバクラの方が稼げるんだろうけど、それでもまたやりたいとはどう考えても思えなかった。
「…分かった!変な質問してごめんね。でも、昨日だけでも本当にありがたかった!よし、もうこの話はやめるね!ごめん!お礼考えたらまた伝えるね!」
そう言うと自分のグループの輪に戻って行った。
グループの子達が私の方を見ながら何か話をしているようだった。
別にお礼なんていらないんだけどな、、
そう考えながら、昨日から周りでよく聞く安斎のイメージと実際がだいぶ違うように思えていた。
そうして非日常から完全に日常に戻った。
今日の授業が終わり、私はスーパーで買い物をしてから家に帰った。
家に着くと、まず昨日隠したお金が入った封筒の存在を確認した。
よし。ちゃんとある。
母が帰ってくるのはいつも大体18時頃だ。
まだ16時だから、ご飯の準備はもう少し経ってからにしよう。
私は着替え、ベッドに横になった。
そして、先程の封筒から1枚の紙を取り出し、そこに書かれた電話番号を眺めていた。
美保さんと話をした時に感じた得体の知れない気持ちの正体がまだ分からず少し気にはなっていた。
ただ、電話して何かをしたいわけでも、そもそもそこまでして確認したいものかどうかすら分からなかった。
そして何より、それが何となく母を裏切ってしまう気がした。
そうして結局、その紙を封筒に戻しまた引き出しの一番奥に隠し、少し早いが夕ご飯の準備をするためにリビングに向かうのであった。
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