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セレブと女子高生(Ⅲ)

セレブが待つというVIPルームは個室だった。

安齋と二人、部屋の前に立つ。
先導していたボーイが扉を開ける。

「失礼します。凛さんと莉亜さんです。よろしくお願いします。」

広いカラオケの部屋のような感じ。
U字型のソファ席に、一人先程のセレブが座っていた。

ファーのコートを纏い、濃い化粧をしているが綺麗な顔立ちがハッキリとわかる。

「失礼します。莉亜です。よろしくお願いします。」

安齋はサラリーマンの時とは違い、丁寧な言葉遣いで席へと進む。

「凛です。よろしくお願いします。」

安齋に続いて、セレブを挟むように少しだけ距離を置いて席に着いた。

私を指名した理由は分からなかった。
セレブが何を言ってくるのか、安齋がうまく場を回してくれるのか、いずれにしても私は受け身で過ごそうとしていた。

「ご指名頂きありがとうございます。以前お越しいただいた際に、一度お話させて頂いたんですが、覚えてらっしゃいますか?」

安齋が会話を始める。

「私は、この子と話がしたかっただけよ。貴方がいないと指名できないというから、ただ来てもらっただけ。」

セレブは安齋の話を斬り捨て、私に向き合ってきた。

「ねぇ、貴方。なんでこのお店で働こうと思ったの?」

セレブは私の目を見つめ、そう質問した。

「…ぇ。」

またしても、私は固まってしまった。
質問が、という訳ではない。
ただ、やはり先程と同じ不思議な感覚に陥ってしまった。

人にこんなに真正面から向き合われた事はいつぶりだろうか。
適当に合わせる話をしようと思っていたが、何故かそうさせない雰囲気があった。

「……あ…莉亜さんから紹介してもらって…」

「そう。経緯じゃなくて働こうと思った理由は何故なのかしら。」

重ねて質問をしてくる。私の答えが聞きたかった答えでなかったのだろう。
その間も私の目を離すことは無い。

「お客様。あまりプライベートな質問は控えて頂きたいのですが…。凛さん今日が初めてなので。」

安齋がフォローに入ってくれる。
先程、除け者発言を受けたが、態度に出すことはなく冷静だ。

「…あら、ごめんなさい。少し興味があって。」
「いえ、すみません。凛さんも少し困っていたので、」

そう言い、私から目を逸らし、真正面に向き直る。

私を捉えていた視線から解放され、ようやく余裕が出来た。
安齋も以前話したことがある、と言っていたがこんな感じだったのだろうか。

「凛さん、まだ慣れてないもので申し訳ありません。なにせ、VIPルーム入ったのも初めてなので。」

変な空気にさせてしまった。
やっぱり、この仕事私には向いてないな。

「いえ、いきなり失礼だったわね。お詫びにお好きな飲み物でも頼んで頂戴。」

そう言って私にドリンクを勧め、自分は元々飲んでいたグラスを傾けた。

好意で勧めてくれているのだろうが、やはり人にお金を出させるというのは苦手だ…

「……ありがとうございます。では、コーラを頂きます。」

「あら、遠慮しなくていいのよ。何でも好きな物頼みなさいな。」

そう言われ、もう一度ドリンクメニューに目をやる。
こういう時、何を頼んだらいいのか分からなかった。
アルコールは飲めないし、人にお金を出してもらうのだ。高い物は頼めない。
ドリンクの名前もカタカナ多くて、分かるものも少なかった。コーラがいい。

「…いえ、私まだ未成年なので、コーラで大丈夫です。」

「……!……貴方おいくつ?」

ドリンクメニューからセレブへと顔を移す。その目はまた私の目を貫いていた。

「…19です。」

「………そう。」

セレブは少し考えているように見えた。

「このお店、ノンアルコールのドリンクのメニューは他にないのかしら」

安齋の方を向き、確認をした。

「あ、はい。ノンアルコールはメニューに書いてある分しか置いてないです。緑茶とコーラ、カルピスとあとはフルーツ系のジュースです。」

「…そう。じゃあ、何か食べたいものはある?」

「あ、ありがとうございます…。」

今度はフードメニューを勧めてきた。
セレブって人にお金を使うのが好きなのだろうか。
とはいえ、私は母と夕食を済ませて来ていて、お腹も空いてない。

デザートなら…

まだ食べれそうなデザートを見つけた。

フルーツ盛り合わせなら、安齋も一緒に食べれそう。2,000円だし、これくらいならお願いしてもいいかな…

「…じゃあ、このフルーツ盛り合わせSっていうのを頂いてもいいですか?」

「あら、謙虚な子なのね。……いいわ。注文して頂戴。」

安齋がボーイを呼んだ。


セレブが何かを飲みながら、一瞥して安齋に言う。

「あ、貴方も何か飲みたいものがあればどうぞ。」
「ありがとうございます。お客様は何か飲まれますか?」
「そうね…。私はまだいいわ。」
「分かりました。」


そして間もなくボーイが注文を取りに来た。

「コーラを2つと、フルーツ盛り合わせのSを…」

そう安齋がボーイに伝えている途中ー

「フルーツ盛り合わせのLを下さいな。」

セレブがそう遮った。
フルーツ盛り合わせL…?
私がフードメニューに目を戻し、品物を探すと、

『フルーツ盛り合わせL 15,000〜』

と記載があった。
15,000円の盛り合わせ!?

安齋も少し驚いているようだ。

「Lでいいんですか??」
「えぇ、私も少し食べたくなったから。」
「…ありがとうございます!じゃあ、フルーツ盛り合わせのLを…」


注文を終え、ボーイが去っていった。

安齋に頼ってばかりだった私も頑張って、セレブと話をしてみようと試みた。

「フルーツ好きなんですか?」
「…えぇ。貴方は?」
「はい。私も好きです。苺が好きで、よく母がケーキを買ってきてくれます。」
「…そう。苺は私も好きよ。優しいお母様ね。」
「はい。」

良かった。少し話が出来そう。
思ったほど、堅苦しいというか気難しいわけでもなさそうだ。

私は思いきって聞いてみることにした。

「なんで、私を指名してくれたんですか?」

そう聞くとセレブは、

「何となく、貴方と話がしてみたいと思ったのよ。」

とだけ答えた。


フルーツ盛り合わせが来た。
大きなお皿に所狭しとデザートが乗せられている。
この量は流石に食べれない…

「あら、苺がないわね。」
「あ、ホントですね。残念ですね。」
「ごめんなさい。ウチのお店のフルーツ盛り、日毎にフルーツ変わるんですよ。苺ある日もあるんですが、、今後、苺は多く入れておくように伝えておきます!」
安斎もうまくフォローしてくれている。


そこに再度ボーイが来た。
何かを伝えると、ちょっとだけ考えた様子を浮かべたが、私の元に来て耳元で囁く。

「ごめん。私に指名入っちゃったみたい。付いててあげたいんだけど、今日人少なくて…。
1人で心細かったら、指名待っててもらうんだけど、何となく打ち解けてる感じだったから、1人でも平気そう…?」

さっきのサラリーマンだったら、付いてて貰いたかったが、何となくこのセレブは平気だと思った。

「うん。私は平気。」

そう伝えると、安齋は席を立った。

「お客様、すみません。指名が入ったので、私はここで失礼します。
あの…先程もお伝えしたのですが、凛さん今日初めてなので…」

そう念押しをすると、

「えぇ、分かってるわ。もう踏み入ったこと聞いたりはしないわ。」

そう答えたのを聞き、安齋はVIPルームから、出ていった。


平気、とは言ったものの。
いざ2人きりになると少し不安は募る。

「構えなくても平気よ。」
「…あ。ごめんなさい。そう見えましたか…?」

察したように、そう言葉をかけてくる。

「貴方、随分謙虚なのね。飲み物も食べ物も1番安いものを頼もうとして。普通は高い物を客に頼ませたりするものじゃないの?」
「…あまり、人にお金を使ってもらうことに慣れてなくて。あと、もうお腹いっぱいで…。」

そう私が言うと、セレブは「ぷッ」と吹き出した。

「何よそれ(笑)貴方、根本的にこの仕事向いてないわね。」

最初の印象とは程遠い、柔らかい笑顔。
この人もこんな顔をするんだ。

そう思うと、私の中でこの人に少し興味が湧いた。


なんで、この店に来たのだろう。



「貴方、面白いわね。嘘をつけない性格なんでしょう。」
「はい…。苦手です…。」

「将来なりたいものとかあるの?大学に進学するの?就職?」
「いや…。夢とか特にないんです。だから、行きたい大学もないから、就職しようかと…」
「あら、貴方19歳ってさっき言ってなかったかしら。」
「……あっ…。」

そこで、思い出す。
しまった!!19歳の設定を忘れてた!
高校生ってことがバレた!
やばい……。

焦っている私を後目に、その人はまた笑いだした。

「ちょっと…!ふふっ、ほんとに嘘つけないのね…!ふふふ、やっぱり面白いわね、アナタ…」
「ごめんなさい!!この事は黙っててください!!」

私が急いで頭を下げる。
その様子を見て、

「頭上げなさい。誰にも言わないわよ。」
「…ホントですか…?親にも言ってなくて、学校にもバレたら…」

「ほんとに言わないわよ。安心なさい。……あと貴方、この仕事辞めた方がいいわよ。」

顔を上げる。その人は優しい顔をしていた。



そこから、
正直に話をした。

安齋から頼まれて一日だけヘルプで来ていること(安齋も高校生ということは、頑張って否定した。)

親に黙って来たこと。

今は母が1人で育ててくれていること。

本当はコンビニでバイトして生計を助けてること。

今まで無関心で生きてきたこと。


自分のことをこんなに話したのは、初めてじゃないだろうか。

その人も自分の話をしてくれた。

「美保」と名乗るその人は、やはり旦那さんが社長である、ということ。

私が高校生という事を知ったのはフェアじゃないからと、

『結婚して自分に関心が無くなった事をいいことに、バレないように隠れてお金を使ってる』

なんて秘密を共有したりした。

なんで、そんな事まで話してくれるのかは分からないが、美保さんは、終始私の話を聞いてくれていた。
私も、何故こんなに話せたのかは遂に分からなかったが。。


途中、延長の時間を知らせにボーイがやってきたが、

「私と話をするのと、フロア戻って他のお客さんと話すのどっちがいい?」

そう聞き、
私が「ここにいる方がいい」と答えると、笑みを浮かべ

「終わる時間までこの子を指名するわ。」

と言い、私を留めてくれた。



また、指名が終わった安齋が途中戻ってきたが、私の様子を見て大丈夫だと思ったのか、
「凛さんをよろしくお願いします。」

と言い、またフロアへと戻って行った。

ということで、3時間ちょっと私はずっと、美保さんと2人きりで話をしていた。

そして、あっという間に私のキャバクラの時間が終わろうとしていた。

「お客様、そろそろ凛さんが上がる時間ですが、他の女の子をお呼びしますか?」

「いいえ、結構よ。私も、もう帰るわ。あ、その前に最後1杯だけいいかしら。」

そう言って、ドリンクメニューを見る。

「そうね、ドンペリゴールド頂けるかしら。一緒にお会計も。」

「!!?…少々お待ちください。」

ボーイが驚いて去っていった。

「貴方は飲めないから、さっきいた子…。あぁ、さっきの子も勧めちゃダメね…(笑)」
「あ…。」

ドンペリゴールドが何かは知らないが、お酒なんだろう。
そして、どうやら安齋が同級生なのもバレているのだろう…。
「フフフ…だから、安心なさいって」

そう言って電話番号を書き、私に手渡す。

「貴方、困ったことがあったら連絡して来なさいな。力になれると思うわ。」

「あ…。はい。私のためにずっと延長してくれてありがとうございました。」

「いいのよ。私も久々に楽しかったわ。また、ゆっくり話したいわね……。」



いかにもお高そうなボトルを持ったボーイが戻ってきた。

「こちらドンペリゴールドと、お会計になります。」

「ええ、私は飲まないから、お店で飲みたい方がいたら飲んで頂戴。その代わり、ちゃんとこの子にバック返すのよ。」

そう私を見て言った。
ボーイが「かしこまりました」と言うのを確認すると、美保さんは自分のバッグから分厚い封筒を出し、その中から大量の札束を取り出した。

私はビックリして、メニューから『ドンペリゴールド』を探す。

そして、メニューの一番下に


『ドンペリゴールド 600,000』


と、載っているのを見つけた。

「え!なんで、飲まないのに!こんな高いお酒!」

そう私が言うと、美保さんは

「楽しかった時間のお礼よ。今日はありがとうね。」

そう言い、お会計を済ませお店を後にするのだった。

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