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346 名古屋・覚王山 紅葉に映える揚輝荘
所用で名古屋に帰りました。
ちょっと時間に余裕があったので、東山線に乗って覚王山へ。
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日泰寺が有名な覚王山ですが、その東側に静かに佇む邸宅があります。
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それが揚輝(ようき)荘。松坂屋の社長となった伊藤次郎左衛門祐民が森を切り開いて作った別邸です。現在は北園と南園に分かれてしまっていますが、当時はこの周辺一帯がすべて伊藤家の邸宅でした。昭和14年には30棟もの建物が敷地内に並んでいたそうです。
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駅に近い南園から訪ねていきます。ここにあるのは「聴松閣(ちょうしょうかく)」。昭和12年に建てられた迎賓館です。ここは知る人ぞしる名古屋の紅葉の名所。壁の赤とモミジの赤が打ち消しあうことなく、それぞれを引き立てあっています。
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聴松閣は建物の中を見学することが可能です。また、集会室は一般に貸し出しが行われていてイベントなどで利用することができます。
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少し中を見学することにしましょう。
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こちらは旧食堂で、今は喫茶室として利用されています。なんか暖炉があるっていうだけで豪邸っていう感じがしますね。食器棚の上に「うとい(伊藤)」と名が刻まれています。
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食事をしながら南園の紅葉を楽しむことができる。何とも贅沢な空間です。
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こちらの応接間に客人を通して打合せや談笑が行われたそうです。イギリスの山荘をイメージして作られた部屋だそうですが、この建物は各室がイギリス、中国、インドとテーマ別の意匠になっているのが面白いです。
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聴松閣には地下階もあります。こちらは今は多目的室として利用されていますが、伊藤家時代には舞踏場が開かれていた部屋。50余年生きていますが、舞踏場というものに初めて入りました。ここで夜な夜な高貴な方々を招いて舞踏会が催されてきました。伊藤氏は仏教の信仰が厚かったことからこの部屋は舞踏場としては珍しくインドの様式を多分に取り入れたものとなっています。
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聴松閣を出て北園に行くことにします。玄関の向こうに見える紅葉も見事ですね。柱が額縁の役割を果たして一枚の絵のようです。
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マンションの脇を抜けて北園へ。こちらは京都・修学院離宮をイメージして作られたという池の周りの紅葉が美しい庭園となっています。
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北園の中心的な建物「伴華楼(ばんかろう)」は昭和4年に尾張徳川家大曽根邸から移築されたもの。こちらも邸宅の前にモミジの木が植えられ紅葉が見事です。
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邸宅の前には池があり、その周囲を散策することができます。この日は曇り空で開館直後ということもあり人影はまばらでしたが、ピーク時は紅葉に映える庭園を見ようと多くの方が来場されるそうです。
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龍の天井絵もある白雲橋は北園のシンボルです。今は通行禁止となっていますが、ここから望む池の景色はいかほどの美しさだったでしょうか。
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こちらも池のほとりに建つ「三賞邸」。年数度、こちらでお茶会が開かれます。本宅より歴史は古く大正7年に丸の内から移築されています。当時はあくまで別邸という位置づけだったのでこういった娯楽施設が先に移築されているようです。
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池の向こうには日泰寺の五重塔を望むことができました。
名古屋の人気住宅地、覚王山に静かに佇むかつての邸宅跡、揚輝荘。その気品あふれる姿が今の覚王山にも落とし込まれているのかもしれません。
今年の紅葉シーズンは終わろうとしていますが新緑の季節もまた違った味わいがあるそうです。今度この地を訪れたときは別の美しさも味わってみたいと思います。
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