日曜日のゾンビ ② 自分の本性は知りたくないなあ。
「ここは今から倫理です。」、「もこみ」、「にじいろカルテ」
観ようと思っていた新ドラマの初回を全て見逃した雛です。
でも、日曜日の夜、「君と世界が終わる日に」は忘れずに観ました。
先週、「日曜日のゾンビ」で能天気なドラマという風に書きましたが、
考えを改めます。
確かに、2年前なら「能天気なドラマ」だったでしょう。
でもコロナ禍の今、「感染」、「感染者を見捨てる」、「役に立たないといけないのか」というフレーズは、「ゾンビ」という形態をとりながら、今の世の中に対して挑戦的ともいえます。
こういったドラマでは、「自分だけたすかればいいのか?」、「多数を助けるために、一人を犠牲にしていいのか」というシーンが出てきます。そのたびに自分は普段は綺麗ごとを言っているけれど、実際そんな場面に出くわしたら、自分さえよければいいという本性が出てしまうのではないか、そんな場面には出くわしたくないなあ、と思っていました。
普通に暮らしていれば、そうそうそういった場面には出くわしません。
ですが、日常を脅かされるコロナ禍の今、普段綺麗ごとを言っている自分が試されることが現実に起こる得る様になりました。
できれば、普段自分の言っている綺麗ごとを通したいし、世の中の人にもそうあってほしい。
そこで、このドラマですが竹内涼馬が、綺麗ごとの権化のような主人公を演じてくれています。竹内涼馬は映画『帝一の国』の大鷹弾役でもそうでしたが、綺麗ごとの権化を違和感なく演じることができるんですよね。
日曜の夜、これを観て、綺麗ごとに世の中が感化されてゆくといいなあ。
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