そこまで良きものでもないものたちのただただ生きる道
どうも主に姫路にいるhideです。
毎日好き勝手な事書いて、友達の仕事を手伝って、あんまり働かずにチンタラ頑張って生きてます。漫画とゲームと音楽好きです♬
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(やる気のないレンタル業はじめました)
それでは本編へGO
美談 良い話 素敵な話
批判や否定に捉えられたらとても嫌なのでできれば引用したくなかったんですが、読んでもらわないとイマイチ話の輪郭がボヤけすぎてしまうので引用もさせてもらいまして、、
こちらのお話なのですが
ご存知、ブロガーやnoteフリークには有名な岸田奈美さんのお話。
たまに拝見させていただいるのですが相変わらずの圧倒的な表現力と個性。それでいて読者目線を大切にされており、お話の内容も相まって非の打ち所がない物書きさんだなぁと思います。
でも、僕はスッキリとそのまま美談を美談として受け取れなくて、僕のスキルで上手く書き切れるかわからないけども感じたことを書きたいなと思いました。
誰もが良い事だとわかっちゃいるけどできない背景
戦争ってしない方が良いですよね。
でも、戦争って起きてますよね。
(まぁ、アレは個人的に戦争したい人がやっちゃってるもんだとも思ってますが)
イジメはない方が良いし
自然環境には優しい方が良い
食品ロスはないほうがいいし
人は傷つけない方が良い
でもそうはいかないよね。
でもそうなるために少しずつ頑張れたら良いよね。どうにもならないならならないでそれで気持ちが落ちる人の負の感情が和らぐ場所があれば良いよね。ってな感じでしょう。
「何が言いたいねん!!」
って話なんですけども、僕自身が飲食営業に25年ほど関わってきたんです。
アルバイトから平社員、店長職に経営。
キッチンもホールも管理業務も一通りは経験しました。
まぁ友達周りはわかっちゃいますが、あんまり人間はできてないです(笑)
美談を素直に受け止めず斜に構えて見る嫌なヤツですから←
でも、そこそこええヤツでもあります。
そんなヤツです。
なんとなくわかってもらえたら嬉しい。
結論から言うと「しんどいなぁ」
っておもっちゃったんですね。
noteそのものというか、それに対する賞賛の嵐が。
ラーメン屋さんは1ミリも悪くないし
岸田奈美さんも1ミリも悪くない
でも俺だって悪くない。
誰も悪くないけど、全人類がスッキリ晴れやか気持ちよくなんてなれないというアンニュイ虚無劇場をお届けします。
わかりやすくスッキリしたければ僕みたいな捻くれ者はホントダメだよねーw
と笑ってやってください。
これだけやって1400円? そしてこれを求められるの?
単刀直入にしんどいと感じたことを言えば、業界で働く側として報酬や対価を視点の中心として考えた場合、これだけのことをやってのけてまだ1400円しかいただけないのか、、。
です。
どれだけ忙しくてもニコニコ笑顔で
疲れた顔も見せず、食器の温度にも気を使いイレギュラーなお客様(イレギュラーが悪いという話ではありません)にも不安を感じさせずに対応、さらには外国語を使いこなす。
その高すぎる壁には絶望を感じます。
多くの人の意見に
「良いお店であれば値段を支払ってもいい」
「こんなお店なら1400円も納得」
「他のお店もサービスを良くして値段を上げれば良い」
という肯定的な意見。
ちょっと待ってくれよ。と
今までのお店、みなさんが当たり前に使ってきたお店のサービスはそんなに悪いですか?
良くないですか?
忙しかったらピリつく店もあるよ
イライラしてるスタッフもいるよ
イレギュラー対応が甘いと言われたらそうでしょう。
でも当たり前にお店が開いてて
注文したらご飯作ってくれて、運んできてくれて、後片付けもしてくれる。
これは良いサービスではないのですか?
これではラーメン1杯700円ぐらいしかいただけないですか?
もうね、基準が高過ぎる。
それだけ日本は頑張りすぎたのですよ。
基準の見直しから始めて、そこからやり直してもらいたいというのが僕の勝手で叶わない希望です。
noteのようなこれだけのことをやっていただけるなら
僕の肌感の適正価格は一杯3000円です。
だって、これを読んだ人はこの最上級のサービスのお店と他のお店をくらべやがるでしょう。(汚い言葉遣いでごめんなさい)
勘弁してくれって思うんです。
誰もが崇高な理念ややり甲斐をもって働くわけじゃない
僕は、舞台のラーメン屋さんや岸田奈美さんのnoteにケチをつけてるわけではない。
(信じられないかもしれないが、しつこく書いておかないとそう捉える人が割と出てくる)
高みを目指すお店、そのスタンスに感動を覚えてそれを紹介、発信する。
ここまでは良い。めちゃくちゃ良い。
僕が嫌悪し懸念していて、これまでもたびたび繰り返されてきてるのはこうした素晴らしいものこそが唯一絶対の正解として捉える受け取り方だ。
ただただ生きるためだけにそれなりのラーメン作ってテキトーにその日暮らしをしてるお店があったっていい。
そのお店やそこで働く人にだってドラマがある。愛想笑いの一つもできないスタッフや、料理への想いのかけらもない作り手だってその人間そのものが悪ではない。
僕は"生きやすい社会"を望んでる。
昨今、生き辛さがよく叫ばれるようになった。果たしてなぜ生きにくいのか?を
もっと考えてみると良いかもしれない。
情報の可視化、共有化で全員がオリンピックに巻き込まれてるような環境になればそりゃあどれだけ物資が豊かになったところで生きにくい。
発信者が悪いのではない。
受け取る人や、受け取った人の他者への無自覚の強要が問題なのだ。
僕はオリンピックには参加しない。
わかっててもやらない。手を抜く。
ダメ人間として堂々と生きる。
ただし純粋に高みを目指す人はただただ尊敬している。妬み嫉み、足を引っ張ったりはしない。
何故か?僕はそれが正しいこと!と決めつけていないからだ。
あちらが正しい、自分は間違ってる。
でも自分にはできない、、
そんな思いが妬み嫉みを生む。
俺だって正しい(ドヤァ)
だから卑屈にはならない。
みんなだいたい正しい。
だから押し付けもしない。
ただただ素敵な事例を紹介してくれてるだけなのに岸田奈美さんのnoteをこんなわけのわからん話にしてしまいごめんなさいすぎる!!
少しでも読んでくれた人に言いたいことが伝わったら嬉しいです(^^)
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「絶望と共にenjoy」を理念とし、日々を生きやすくする発信を毎日しています。
(こちら僕の信念と理念です)