渋サル2サイン

礼遇(れいぐう)

「ハロー」と声をかけられて振り向くと、
白髪の老婆が満面の笑みで立っていた。
「メイ・アイ・ヘルプ・ユー?」
「あ、私、日本人です」
「あれまぁ、ごめんなさい。9割がた外国のお客様なもんだから」
たしかに。外湯で話したのはベルギー人だった。
石畳ですれ違いざまに聞こえたのは中国語だった。
「英語、お得意なんですね」
「いやいや。ここに書いてあることだけですよ」
老婆はエプロンのポケットから小さな英会話の本を取り出し、
照れくさそうに舌を出した。
「海外に行ったこともないの。
でも、あちらから来て下さるでしょ。
嬉しくてね」

ベルギー人との会話を思い出した。
「どうしてここに?」
「インターネットで温泉につかる猿を見て、会いに来たの」
「え? この季節、猿は温泉に入らないかも」
すると彼女はこう言った。
「みたいね。でもいいの。
 かわりに、沢山のコスモポリタンに会えたから」
 
(渋温泉にて)