ショートショート「お裾分け」
「作りすぎたなぁ」
一人暮らしを始めて、1年経つが自炊にまだ慣れない。
大学進学と同時に田舎から東京に越してきた私にとって、一人暮らしは夢だった。
家具や家電も新しく揃えてもらい、これからの大学生活を彩れるものだと思ってた。
しかし、現実は甘くはなかった。
仕送りはなく、バイトに追われる日々が続いていた。友達と遊ぶことなど、滅多にできない。家賃や光熱費、携帯の通信費だけでもバイト代は消えていく。
せめてもの節約で、自炊を始めたものの、明日もどうせ食べるからと余分に作りすぎて結局廃棄してしまうことが多かった。
「今回も同じパターンかな。どうしよう。」
今日は肉じゃがを作りすぎてしまった。
1人で食べるには3日はかかってしまう量だった。
ピンポーン
そんな時、部屋のチャイムが鳴った。
玄関を開けてみると、小柄でショートカットの女の子が立っていた。年は私と同じくらいだろう。
顔も可愛らしく、私が男なら一目惚れだっただろう。
「あ、あの、今日から隣に越してきた石崎と言います。よろしくお願いします。」
少し緊張している様子が、彼女から伝わった。
「こちらこそよろしくお願いします。棉矢といいます。何か困ったことがあったらいつでも聞いてくださいね」
私は当たり障りない返答をして、玄関のドアを閉めようとした。
「あっ、すみません。ありがとうございます。早速なんですけど、この辺に安いスーパーとかありますか?引っ越してきたばかりで何も食べてないので、買い物に行きたいんですけど。」
ドアが閉まるのを遮るかのような早口で、石崎さんは私に尋ねた。
「えーっと、駅の西口にあるスーパーがこの辺では安いですかね。お腹空いてるんですか?よければ、肉じゃが食べますか?作りすぎちゃって」
「えっ!いいんですか!とても嬉しいです。ありがとうございます!実は先ほどから、いい匂いがするなと思ってたんです。」
石崎さんは目を輝かせながら、私の先にある台所を覗いていた。私はタッパーに肉じゃがを詰めて、石崎さんに渡した。
「ありがとうございます!タッパーは洗って返しますね。お裾分けなんてドラマみたいです。」
そんなことを笑顔で言いながら、石崎さんは自室に戻って行った。
私が男だったらすぐに好きになるなと思った。
その日は、自分の肉じゃがを食べた後にそのまま寝た。
その日以降、私は石崎さんにカレーや野菜炒めなどを何度もお裾分けした。
彼女もそれを喜んで受け取ってくれた。
お互いの家を行き来することも増え、彼女との交流が私の一人暮らしに彩りを与えていた。
そして半年が過ぎた頃、石崎さんが突然、引っ越すことになったと告げられた。その知らせに驚きと寂しさが入り混じったが、彼女は微笑んで私に言った。
「いつもお裾分けしてくれてありがとう。あなたの優しさが本当に嬉しかった。タッパー、新しいの買って返しますね。」
私は、寂しい気持ちを抑えながら笑顔でこちらこそ、ありがとうと伝えた。
そんなある日、バイトから家に帰るとドアにビニール袋がぶら下がっていた。中には新しい使タッパーと手紙が入っていた。
「棉矢さんへ
実を言うと、とてもあなたが怖かった。最初の肉じゃがは美味しかった。だけど、それ以降の料理は爪や髪、皮膚が入っていました。なので、いただいた料理は全て捨ててました。本当にごめんなさい。新しいタッパーと少ないですが現金をお渡しします。それでは。
石崎より」
そんな内容の手紙だった。
細かくして入れたつもりなのに、どうしてバレたのだろうか。
私は不思議に思った。
石崎さんの喜ぶ顔が嬉しくて、私の一部も食べてもらいたかった。それだけなのに。
自室で手紙を読んでると、呼び鈴が鳴った。
開けると男性が立っており、顔立ちが良い高身長であった。
「隣に引っ越してきたのでよろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。困ったことがあればなんでも聞いてください。あっ、肉じゃが好きですか?」
私はこれからも隣人にお裾分けをすると心に誓った。