人の運動システムの作動の特徴(その6)「課題特定性」
今回から人の運動システムの作動の特徴として「課題特定性」を説明します。
これはたとえばCarr & Shephardが示したように、背臥位で筋力強化すると背臥位では確かに筋力が増強するのですが、座位で調べるとそんなに筋力強化の効果が見られないという現象が有名です。
どういうことか考えてみましょう。ここでもまず機械と比べてみます。腕を挙げるロボットの腕を挙げるためのモーターが壊れてしまいました。修理はその壊れたモーターを交換することになります。交換はロボットが横になっていようと座っていようと立っていようと関係なく行われて、どのように交換しても結果に変わりはありません。
でも人ではそうはいかないようです。それはある筋の筋力は、他の筋群と姿勢と重力と床面との間で様々な影響を受けてしまうからです。背臥位で上腕三頭筋を鍛えると床面で固定された肩甲骨と垂直に挙げた上腕から前腕を重力に抗するように持ち上げます。でも座位で肘を伸展すると肩甲骨は筋肉によって固定され、三頭筋の筋力ではなく重力が肘を伸展する様に働くため、三頭筋は大きな力を生み出さなくても良いし、むしろバタッと前腕が落ちないように二頭筋が遠心性の収縮を起こしながら伸展する訳です。
つまり見た目は同じように肘を伸ばすにしても、姿勢によって三頭筋や他の筋の働き方、つまり運動スキルは随分違ってしまいます。機械のモーターと違って筋力強化には重力と床面と他の筋群との関係の中でどう収縮するかという運動スキルが全く異なってくるのです。
従来このことは臨床ではあまり考慮されませんでした。まあ学校で習う要素還元論の視点は基本的に機械修理の視点であり、人独自の作動の特徴などは配慮しないからです。
その結果、歩行不安定の原因が大腿四頭筋の弱化だから、大腿四頭筋強化を椅子に座って行ってきました。
もちろん従来整形疾患などやっていたように、座位で筋繊維を太らせて、改めて立位・歩行の姿勢・運動の中で重力と床面の間で他の全身の筋群と協調しながら収縮するための運動スキルを学習し直せば良いのですが、最近のように訓練時間が限られてくると最初から立位・歩行の課題の中で四頭筋を鍛えながら立位・歩行の運動スキルを同時に学習した方が効率的です。
つまりこれを運動スキル学習の視点から簡単に言うと、「歩くための運動スキルは歩くという課題の中でしか学習できない」ということです。
従来片麻痺患者さんの歩行練習で立ち直りが弱いと、臥位や座位になって立ち直り練習をするなどという訓練がよく見られました。でも臥位や座位で行われる立ち直り練習は、歩行時に見られるものとは丸っきり違っているので役に立たないわけです。
だからこの「課題特定性」という特徴は、「運動スキル学習は必要とする課題を達成する中で行うべし」ということを教えてくれます。
ただ注意する点は、もし足関節の可動域が小さくて痛みが発生しやすいと、運動システムは痛みを起こさないように問題解決を図って、足関節を使わないような歩行スキルを見つけて歩いたりします。つまり歩行パフォーマンスは、足関節の制限によって低下してしまいます。
それで痛みが起きないような運動課題を出して、動作の中で足関節の可動域を増やすか、あるいは手っ取り早くセラピストが徒手的療法で足関節の可動域を予め改善しておくと、運動システムはより良い歩行パフォーマンスを生み出す運動スキルを創造できます。
このシリーズの前半では「状況性」という作動の特徴を基に、リハビリでやるべきことが示されました。まずは身体リソースや環境リソースを豊富にすることでした。改善可能な身体リソースはできるだけ豊富にした方がより良いパフォーマンスを生み出す運動スキル創造に繋がるわけです。
状況性は、まず「リハビリでやるべきは運動リソースの豊富化や運動認知の適正化、それらを基にした運動スキル学習へ繋げるべき」というリハビリでやるべき内容を教えてくれます。
そして状況性がリハビリでやるべきことを教えてくれたのに対して、「課題特定性」という特徴は「どのようにして運動リソースを豊富化し、運動認知を適正化するか。特に運動スキルを柔軟に多彩に生み出すか」の方法を教えてくれます。つまり「運動スキル学習は患者にとって必要で達成可能な課題を達成する中で行うべし」ということです。
次回はセラピストにとって必須の課題設定の技術について説明します。
※毎週火曜日にはCAMRのフェースブックページに別のエッセイを投稿しています。
最新作は「運動リソースを増やして、運動スキルを多彩に生み出す(その6)-生活課題達成力の改善について」
以下のURLから
https://www.facebook.com/Contextualapproach