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「脚が動かんぞ!」患者さんからの訴え

 片麻痺患者さんが杖を持って立つようになられたので、すぐに歩行を勧めます。「歩いてみましょう!」

 初めての一歩を踏み出します。まず悪い方の脚をなんとかかんとか振り出さそうとされます。「ありゃ、脚が全然動かんぞ!どうした?」と言われます。麻痺があるため、脚自体は動きにくくなってます。

  「まずは体全体を動かして脚が動くかどうかを試してみましょう。どうやっても良いです。絶対にこけないように僕が助けますから」と答えます。患者さんは最初恐る恐る、次第に色々に大きく体を動かされます。体幹を反らせたり、健側の軸足を中心になんとか悪い脚が少し動きました。良い感じです。「アッ!動きましたね!歩けそうですよ!」

 ある課題を達成するために、体のあちこちの色々な動きが一つの構造を作り始めます。これはロシアの運動生理学者のベルンシュタインによって「協応構造」と名付けられました。身体各部のバラバラの動きが一つに繋がって課題を達成するための構造になるのです。

 最初は健側に重心移動する動きや体を反らせる動き、健側の脚を中心にした体軸の回りに体を回旋させる動きがバラバラに動いていて、悪い脚はほとんど動きません。しかし繰り返していくと次第にそれらが繋がってきます。もう少し練習すると、これらのバラバラの動きが一つの協応構造として連結して動き始め、健側へ重心移動しながら同時に体幹を反らせ、さらに健側軸足を中心に体幹を回旋する動きが同時に起きて、スムースに麻痺側下肢の振り出しができるようになります。

 つまり分回し歩行という歩行スキルの協応構造が次第に完成して熟練していくための最初の段階です。

 分回し歩行というのは、リハビリの学校では教科書などで「代償運動」とか「異常歩行」という名前が付けられています。元々代償運動とは「健常者とは違うやり方の運動」、異常歩行は「健常者とは異なった形の歩行」という定義です。

 でも「代償」だと「償うとか犠牲にする」というなんだか良くない意味があり、「異常」にいたっては明らかに「好ましくない」という意味を込めて「健常と違う形の運動」というマイナス・イメージの名前です。

 こういった教科書を読んでリハビリのセラピストは育つため、片麻痺患者さんの分回し歩行をみると「代償運動だから」とか「異常歩行だから」とか言ってその動きを否定し、「健常者の歩き方、健常者の歩行の形に近づけましょう」と言ったりするわけです。

 でも麻痺のある体で歩くわけで、健常者とは明らかに異なったやり方になるのが当然です。むしろ広範囲に弛緩性の麻痺が起きた体で、試行錯誤しながらなんとか歩けるように頑張って歩けるようになっておられる患者さんに、「その歩き方は代償だ!」とか「間違っている!」などと言ってしまうのはとても失礼な話です。

 この「健常者の様に」という方針の背景には、障害者というマイノリティーに対してマジョリティーの健常者からの「もっと努力して私たちの様に歩きなさい」という同化主義の思想があるのではないか、と「リハビリの夜」の著者、熊谷晋一郎さんが言っていますね。

 それ以外にもリハビリの学校や西洋医学では、人の体を機械のように理解する立場が教えられますので、「人には正しい歩き方がある」と無意識に信じ込んでしまうのかも知れません。

 というのも機械には必ず「正しい動き方」があります。つまり設計者が意図したとおりの動き方です。西欧思想の根底には、「人間機械論」という「人は神(あるいは自然)が作った機械である」という考えがあるそうです。きっと健常者の歩行は神の意図した「正しい歩き方」だと考えてしまうのでしょう。それで「正しい歩き方」に治そうと思うのでしょう。

 さらにこの「健常者の正しい歩き方への方針」は、現場で色々な問題を生みます。

 たとえばある患者さんはセラピストから分回しの歩き方を否定されます。でもそのセラピストは麻痺を治し、歩き方を健常者の形にすることはできません。それでそれのできるセラピストを探して各施設をさまよっておられました。大変なことです。

 正直に言えばリハビリで麻痺を治すことはできません。それで麻痺も治せないのに「健常者の歩き方を目指す」という方針は矛盾します。

 それだったらむしろ分回し歩行をみんなで受け入れて、患者さんの努力を労ってあげる方が良いと思います。麻痺があれば健常と形が違っていて当たり前だからです。

 でもリハビリでは麻痺を治すことはできなくても、歩行能力を改善することができます。人の運動システムの優れたところは、分回し歩行はそのままでは終わりません。全身の筋力の豊富化と様々な筋活動を多様化し、全身の柔軟性を改善し、持久力が増えてくると、歩行時の前方への推進力が増し、それに連れて患側下肢が前方へ引っ張られます。すると患者さんは前方への慣性の力を利用して比較的まっすぐに脚を振り出されるようになります。これはCAMRでは加速型振り出し歩行と呼ぶ歩行スキルです。

 よく「うちのリハビリでは健常者の歩き方に近づけることができます」と宣伝しているところがありますが、見ると分回し歩行がこの加速型分回し歩行スキルへと変化しています。

 でもこの運動を重ねると歩行スキルが変化してより速く、より遠くへ、より安定して歩けるようになるということこそリハビリの効果であることは間違いありません。

 「異常」とか「代償」とか言わないで、患者さんとセラピストが協力してお互いに一生懸命努力して、より速く、より遠く、より安定して歩ける様になられるのを手伝うことで「生活がより良くなる」というのがリハビリの本来の役割ではないか、と思います。(終わり)

※毎週火曜日にCAMRのフェースブック・ページにオリジナル・エッセイを投稿しています。最新のものは「先輩PTの説明が納得できない!(後編)」
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