「正しさ幻想」はどうして生まれるのか?(その3)
前回、「正しさ幻想」を生み出す一つの要因として「脳の機能に関する思い込み」を挙げた。「他人が他動的に動かした手脚の運動感覚を脳が学習する」と思い込んでいるわけだ。
これはまさしく人の脳をコンピュータとして理解しているからだろう。コンピュータは人がプログラムを入れない限り自律的には何の働きもしない。だから人がプログラムを入力しないといけない。
このコンピュータの様な機械に対する思い込みが、人にもそのまま反映されているのだろうと思う。
実際には西欧文明の根底にはデカルト以来の「人間機械論」という「人は神(又は自然)が作った機械である」という思想があるという。
まあそこまで大仰に構えなくても、僕たちの身の回りにはこどもの頃から動く機械が沢山あるわけで、自然に「動くもの=機械」という認識はできあがっている。動くものを理解するときにそれを機械として理解することはごく自然のことと思われる。
特に僕たちセラピストが学校で習う「要素還元論」の視点は、よりこの傾向を強めているのだろう。
要素還元論の視点は、システムや現象全体の振る舞いを説明するために、それを構成する要素の振る舞いに返して(還元して)説明する考え方である。
たとえば人の運動システムで歩行不安定の問題などがあると、まず身体のどの部位のどの要素に問題の原因があるかを探して因果関係を想定する。たとえば両脚の筋力が低下していると「両脚の筋力が低下したから歩行不安定になった」と因果関係を想定し、両脚の筋力強化によって「元に戻そう」とするわけだ。
この考え方自体は機械の修理をする時の考え方と同じだとわかる。機械が故障すれば、どの部位のどの部品に故障の原因があるかを探る。そして原因となる部品を見つけると修理するなり、交換するなりして「元に戻す」ことを目指す。
だからCAMRでは要素還元論を基にした治療アプローチは「機械修理型治療方略」と呼ぶ。
この「元に戻そう」という方向性が一つの傾向を生む。「元の状態に戻す」=「健常な頃の状態に戻す」という方向性を自然に生んでしまうからだ。
また機械には「正しい運動のやり方・形」がある。それは設計者が意図したとおりのやり方と形で作動することだ。そして人では健常なときの運動が元に戻すべき正しい運動であると考えるのだろう。
これらによってリハビリの目標は「元の運動状態に戻すことであり、その元の運動状態は健康なときの「正しいやり方と形の運動」を取り戻すことである」なんて傾向を強く持つことになったのではないか。
そして理想の目標のために「麻痺はリハビリでは治らない」ということを検討することもなく、「諦めたらそこでおしまいだ。頑張ればいつか麻痺は治る」というユートピアン(理想主義者)的発想を生み出しているのではないか。
もちろんこの方達を責める気にはならない。皆さんむしろ熱心で誠実、そして良い人が多い。人を機械組立のラインのように流れ作業で同じことを繰り返しているセラピスト達に比べれば遙かに好感も持てる。だからもう一度、そのアイデアに問題がないか検討してほしいと思っている。
結局最初に「正しさ幻想」は「脳をコンピュータとして理解し、脳に運動感覚を教えて脳内に運動プログラムを作るためのアプローチをする」ところから生まれると述べた。実際には脳どころか、人そのものをロボットの様に理解することで「正しさ幻想」が生まれるのではないかと思ったりする。
ただ、また余談かもしれないが、要素還元論の名誉のために言っておきたい(^^;)骨折などの治る疾病・傷害などでは、この「悪いところを見つけて元に戻す」という治療方針は非常に効率的・効果的である。歩行不安定があれば、まず悪い部位と要素を探す。下肢に筋力低下があれば、「下肢の筋力低下によって歩行不安定がある」と因果関係を想定する。そうすると原因として想定した筋力低下に直接アプローチすることになるので、(因果関係が正しければ)非常に効率的である。
事実、機械の修理法としてはとても優れているわけだ。そして人の障害でもとてもうまく機能する場合はよくあるのである。
ただ、脳性運動障害のように元に戻らない障害の場合には、「元に戻そう」という努力をしているといつまでも時間とエネルギーを無駄に消費してしまうことになる。
こんな場合はシステム論のように「元に戻るのではなく、新たに良い状態を探って生み出す」治療方針が良いと思う。この二つの治療方針を持てば状況に応じて使い分けができますよ、ということである。
さて、この「正しさ幻想」にはまだ別の側面があるので、次回はその点についてもう少し考察を進めたい。(その4に続く)
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