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CAMRの流儀 その3

 平らな床面しか歩けないロボットが緩やかな斜面という状況変化に対応して歩くためにはどうするか、と考えて見ましょう。
 まず次に脚を置く床面が重力に対してどの方向へどの程度の角度の面かを知るためのセンサーが必要でしょう。そして前方への推進力が働いている状態でどのような姿勢でそこに足を置くかを決める計算式も必要です。ついでに言うならそのまた次の一歩を置く場所も予想して決めなければなりません。その一歩を接地するためにたくさんの計算式の追加が必要です。また体の柔軟性で斜面の傾きを吸収するか、足関節などの方向と力の入れ方で斜面に対応するかの装置を加えないといけませんね。その他にも・・・・・つまりロボットでは、一つの状況変化に対応するためには,何か新しい機能をたくさん足し算していく必要があります。
 でも人では,普通の環境変化に対して適切に歩くために何かを足し算する必要はありません。元々人の体は余剰な能力の塊だからです。普通に歩くために必要な筋力以上に有り余るほど十分な筋力と柔軟性と予期的な認知力を持っているからです。適切な筋活動が遅れても柔軟な身体が崩れを吸収してくれます。様々な要素が総合的に協力して課題達成してくれます。つまり課題を達成するための多様なやり方を生み出すことができるからです。そのために無限の運動変化を起こすことが可能なのです。
 CAMRではこの無限の運動変化を生み出す構造を「豊富な運動リソースを持ち、適切な運動認知によって、その豊富な運動リソースを用いて多様で適切な課題達成のための運動スキルを生み出し修正する能力があるから」と表現しています。
 運動リソースは,運動を形作るためのリソース(資源)のことです。運動リソースは身体リソースと環境リソースの二つに分類されます。
 身体リソースとは身体そのものや身体の持つ性質、つまり筋力、柔軟性、感覚・知覚、持久力などです。痛みなどの感覚は力を弱めたりしますので負の運動リソースとも言います。
 環境リソースは体が利用する変化に富んだ大地や水塊などの環境や環境の持つ性質(重力、明るさ、温度など)があります。さらに人工の構造物や道具、他人や動物など自分の身体以外のものは全て環境リソースとなります。
 運動スキルは簡単に言うと「必要な運動課題を達成するための運動リソースの利用の仕方」となります。たとえば歩くためには体そのものや筋力、柔軟性、感覚・知覚などの身体リソースと大地や構造物、重力、明るさ、温度,他人などの環境リソースが歩行を形作るために利用されます。坂道を登るときはこれらの運動リソースを上手く利用して「坂道を登る」という運動スキルが生まれてうまく運動リソースを利用しながら課題が達成されるわけです。
 状況に応じて適切な運動スキルを導くためには適切な「運動認知」が必要です。運動認知は「身体リソースと環境リソースが関わり合う意味や価値に関する情報」です。たとえば目の前に幅1メートルの溝があります。身体リソースとこの溝が出会ったときに渡る必要があれば「安全に渡れるよ」とか「ちょっと助走が必要」とか「無理!落ちる」という意味が実際にやってみなくても予期的に分かりますよね。これが運動認知の一部です。体の動きが環境内でどのような結果を生み出すかの予期的理解なのです。
 だから実際に渡る必要があれば「跨ぎ渡る」とか「両脚ジャンプ」とか「助走してジャンプ」とかの方法を導いてくれるわけです。
 運動認知は常に環境内で様々に動くことで適切に維持されます。もし病気になって長い間動かないでいると、「できる」と思って動いても失敗することがあります。身体リソースが低下しているのに、しばらく使っていないので運動認知が適切でなくなっているのです。だから常に様々に動くことでより適切な運動認知にアップデートする必要があります。
 人は十分すぎるほど豊富な運動リソースと適切な運動認知、これらによって生み出される多様で適切な運動スキルによって様々な日常生活における運動課題を達成することができる訳です。
 逆に障害を持つということは、まず身体リソースが低下あるいは消失することです。そうすると環境リソースも利用できなくなり、運動リソースが貧弱になってしまいます。
 また様々な活動ができなくなるので運動認知が不適切になり、適切で多彩な運動スキルも生まれなくなってしまいます。その結果、必要な生活課題の達成力が低下してしまいます。
 そうするとまずはリハビリで利用可能な運動リソースをできるだけ増やしていくことが最初にやることになります。そしてそれらを多様に使って達成可能な運動課題に取り組むことです。これによって運動認知が適切になりますし、運動スキルも徐々に実用的なもの生み出す経験が増えてきて、生活課題達成力が改善します。
 セラピストの仕事は、患者さんが運動リソースを増やし、運動認知を適切にし、運動スキルを発見、生み出し、修正する能力を養う過程を手伝うことなのです。
 今回、「状況性」という作動の特徴によってリハビリでやるべき内容が大まかに見えてきました。ではどのようにそれをやるかという方法については、次回から説明する「課題特定性」という作動上の特徴を理解することで分かってきます。
 という訳で次回は「課題特定性」についてです。(その4に続く)

※毎週火曜日にはCAMRのフェースブックページで別のエッセイをアップしています。最新作は「脳性運動障害の理解を見直す(その2)」以下のURLから。https://www.facebook.com/Contextualapproach


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