運動システムの作動の特徴 番外編(その3)
さて、焦点を当てていないもう一つの運動システムの作動の特徴は「異なる運動で同じ結果」です。
これはベルンシュタインの研究で有名な「職人が金槌で釘の頭を打つ」やつです。職人が繰り返し金槌を打つ時の軌跡やタイミング、速さは一回毎に異なっているのですが、それでも毎回釘の頭を打っています。つまり毎回異なった運動で同じ結果を生み出しているわけです。
機械の運動とは対照的です。機械では一つ一つの部品ががっちりと組み合わされ,常に正確、というよりもその決められた運動だけしか起きない仕組みなので同じ結果を生み出します。
この作動の特徴は鮮明に、機械と人の運動システムの違いを浮き彫りにします。
ベルンシュタインは人の身体は柔らかくて,正確に運動は繰り返すことができないと説明します。人の体では、筋肉などは元々柔軟でゴムの様なのに、気温や体温、心身の影響などによって状態が大きく変化します。
それで毎回異なった速さや大きさ、軌跡の運動になってしまいます。でも職人さんは修行によって正確に釘の頭を打ち続けるわけです。
そして人が同じ結果を出すのは、予期的知覚情報を基に、最終的に同じ結果になるように調整しているからだとベルンシュタインは説明します。
職人さんやアスリート、楽器演奏者などが、莫大な繰り返し練習を必要としているのは、課題達成のための正確な予期的知覚情報を生み出して、これを上手く利用するための学習にその莫大な練習の繰り返しが必要だからです。
またピアノ演奏なども最初の頃は視覚情報に頼っていますが、基本、全身の感覚情報を利用して予期的知覚情報を生み出しています。その結果、熟練してくると目で見なくても身体感覚だけでも演奏できるようになるわけです。
この「予期的知覚」は、CAMRでは「運動認知」という言葉で表現されています。ただ2つの単語は同じ意味ではなく、「運動認知」が「予期的知覚」を含んでいます。運動認知は予期的知覚以外のいくつかの働きも含んでいます。
さて、特にこのアイデアは運動学習に大きなヒントを与えてくれます。
従来、運動学習というと「同じ運動を繰り返して憶えて、その運動を再現する」と考えられる傾向にありました。やはり人を機械のように考える傾向が強いからです。脳をコンピュータに喩(たと)え、運動感覚を繰り返し入力して運動の形を憶えることが運動学習だと考えられているからです。頭の中に運動のブログラムを入力しているイメージなのでしょう。
こんなふうに考えている人は、同じ状況で、同じ課題を繰り返すことに疑問を感じないようです。たとえば同じ部屋の同じ床面で同じ歩行練習を繰り返します。歩行練習とは「歩行の形を憶えて,それを再現する」ことだからこれで良いとしているのでしょう。
でもベルンシュタインは、運動学習とは「憶えて、再現する」ということではないと教えてくれます。大げさな表現になりますが、同じ課題でも心身の異なる状況の中では、同じ結果を出すために毎回異なった運動を生み出して、あるいは創造していることになります。
健康な私達なら、豊富な運動余力を持っていて,莫大な運動経験を持っています。それで、少々状況が変化しても,また予期的知覚がズレても問題なく対応できるので、日常環境を安全に歩くことができますので、上記のことにはピンときませんね。
でも運動余力が少なく、障害後の運動経験の少ない片麻痺の方達では、力が出にくい身体で普段歩かないアスファルト道路などを歩くときに、目に見えない小さな突起や斜面に出会って簡単に転倒する危険性があります。
そのため普段から様々な床面、小さな起伏のある大地、様々な質感を持った斜面などを歩いて、予期的知覚情報のアップデートと豊富化を行い、小さな揺れやバランスの崩れに身体をどのように対処させるかを学んで行く必要があります。
そうすると新たな環境内で、初めてのバランスの崩れ方に出会っても、創造的に対処できるようになるわけです。
このことを知っていると運動学習の内容は変わってきますね。運動の形の再現ではなく、様々な状況・環境内で予期的知覚情報を学び、色々な状況変化に対応できるようにすることが運動学習ということになります。
CAMRでは、「運動学習」と言わずに,上記の考え方の学習を「運動スキル学習」と呼んでいます。従来の人を機械と考えての「運動学習」と区別するためです。
「何だ、訓練の方針ではないか」と言われそうですが、実はこれまた、「状況性」や「課題特定性」というより大きな作動の特徴を組み立てるときの基礎となっています。だから改めてこれだけを表に取り上げることはしていません・・・
ただ今回書いてみると、やはりこれは1番目の作動の特徴としてあげた方がよいなあ、と思うようになりました(^^;)CAMRはほとんどベルンシュタインとギブソン、リードらから始まっています。そして「異なった運動で同じ結果」は、僕の大好きなアイデアなので(^^))もう一度考え直してみます(終わり)