CAMRの流儀 その5
さて前回は、必要な課題達成のための運動スキルの生成は「意味や価値のある、工夫すればなんとか達成可能な運動課題の設定」を通して行われると説明しました。なんだか難しそうな印象を持たれたかもしれません。でも実際にはコツさえつかめばそれほど難しくはありません。
今回は具体的に「課題設定の」のポイントを説明します。
これまでも説明したように、人の運動システムは常にその人にとって必要な運動課題を達成しようとします。しかし脳卒中などになると半身に麻痺が現れて弛緩状態になります。弛緩した部位は可動性のある骨格が水の袋に入ったような状態です。重力に押されて安定するまで広がり床に貼り付いたようになります。
身体は大きく変化して患者さん自身にとってもそれまで良く知っていた体が未知のものになってしまいます。
それでこのような急性期に必要な課題は、患者さん自身が自身の変化した体のことを探索し、知っていくことが必要です。それでセラピストは「変化した体のことを自身に知ってもらう」という課題を出します。
「病気で変化した体のことを知りましょう!調べて試して見ましょう」と言葉にすると患者さんにも達成するべき課題のことがよく伝わります。
非麻痺側の手脚から色々に動かしていただきます。また麻痺側の手を触ったり、動かしてもらったりもします。健側の脚で布団を持ち上げる、また片膝立ちして踏ん張りお尻を持ち上げてもらっても良いです。
麻痺側の手脚も動くようなら色々に動かしてもらいます。全く動かなくても動く方の手や脚で持ち上げたりもしてもらいます。
麻痺側の手や脚が動かない場合、感覚がないことが多いです。以前は感覚の低下・消失が動かないことの原因であるから、感覚の訓練をしようと言われていることもありました。
でも運動再学習で有名なCarr & Shepherdの「動かないから感覚が消えるのだ」という指摘の通りだと思います。僕の臨床経験でも様々な課題を出し、動かす努力をしていただき、弛緩状態から少し緊張が高まって動くようになるに連れて感覚が戻ってくるのが普通でした。
また許可が出ればすぐに介助で座位姿勢になったりすることも重要です。重力と支持面の間で体を安定させる練習を介助で行います。そうすると運動システムは自ら動くための問題解決を積極的に図るようになります。身体の中に筋肉を硬くするメカニズムを探して筋肉を硬くします。それで少し動くようになると感覚も徐々に生まれてきたりします。
寝返りや起座、座位、起立・着座、立位保持、歩行といった基本動作は広範な麻痺によって変化した体を知り、麻痺のある体で課題を達成のための運動スキルを学習・熟練するのに良い課題です。最初は介助してでも行い、徐々に介助を減らす方向で工夫をしていきます。最終的には手すりやベッド、枕やクッション,平行棒や壁、家具などを利用して一人で課題達成できることを目指していきます。
「なんだ、普通のリハビリでやってることじゃん」と思われたでしょう。その通り。意外に初期の段階では、「患者さんにとって意味や価値があり、工夫すれば達成可能な課題」は多くのセラピストにとっても馴染みのある課題なのです。
実際に病気で変化した体を使ってみて、できること・できないことを知り、できないことがやり方を工夫すれば少しずつできるようになったり、それに伴って体が硬くなり動くようになり,感覚が生まれたりする過程は、運動システムにとっては非常に価値のある課題となるでしょう。
CAMRではこのような過程を「探索課題」と呼んでいます。患者さんとセラピストが協力しないとこの過程は上手く進みません。特にセラピストは「探索課題」のやる意味や価値をよく認識して行う必要があります。そのやる意味を意識しているかいないかでその後の結果は変わってきます。
そしてセラピストが「患者さん一人でできそうな方法や工夫を考えて課題を提供できるか」が重要なポイントです。「できそうにない」からと簡単に諦めるのではなく、「何とかしてできないか?」と徹底的に考え抜いていく習慣がセラピストに求められます。
一方でセラピストの一方的な価値観で運動課題を設定してしまうことがあります。上手くいくこともありますが重大な問題を引き起こすこともあります。
このような運動課題は、「誤導課題(misleading task)」と呼ばれます。次回はこれについて少し触れておきます。(その6に続く)
※毎週火曜日にはCAMRのフェースブック・ページで別のエッセイをアップしています。最新作は「脳性運動障害の理解を見直す(その4)」以下のURLから。https://www.facebook.com/Contextualapproach