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「マンガとは卵かけごはんである」理論

マンガが読めない、という私の悩みについて、マンガ好きの知人と話した内容を再現しました。発言中の「◆」は知人、「伊」は私です。

◆「伊藤さんはマンガ読めないって言ってましたよね」
「読めないです」
◆「でも『スラムダンク』は、映画見てハマって、そこから原作も全巻読んだって言ってたじゃないですか」
「そうですね。読みました。メッチャよかった」
◆「マンガ読めないのに、スラダンどうやって読んだんですか」
「あー、いい質問ですね。一応は最後までページをめくってあらすじを追いましたし、内容は理解できました。何なら感動もしたんですけど、その、完全には読めていないといいますか」
◆「その『完全に読めてない』っていうのがわからないんですよね。イメージとして想像しにくいんです。スラダンは、伊藤さんからどんな風に見えてるんですか」
「たしかに伝わりにくいかも……。ストーリーや作者のメッセージは正しく把握できたと思いますし、展開には大いに興奮もしたんですけど、マンガとしてのスラダンの醍醐味を完全には体感できていないと思います」
◆「へぇー。その『醍醐味を完全には体感できていない』のニュアンスを、もうちょっとわかりやすく説明してもらっていいですか」
「そうですね〜。えーっと、この言い方でうまく伝わるかどうかわからないんですが、たとえば卵かけごはんを食べるときのことを考えてみてほしいんですね。お腹のへった子どもが、親に『卵かけごはん食べたい』って伝えたとします。そうすると、この3点セットを渡されるわけです。『はい、どうぞ』と」

◆「まあ、そうですね。だいたい、このセットが出てきますよね」
「そして、子どもは卵にしょうゆをかけて混ぜて、それをごはんにかけて食べる。その部分は自分でしなくちゃならない。卵は黄身と白身も混ぜなくちゃいけないですしね」
◆「ひと手間、食べる側の作業が入るわけですね」
「私にとっては、この『はい、どうぞ』からのひと手間こそがマンガなんですよ」
◆「あっ、全然わからないです。どうして卵かけごはんがマンガなんですか」
「説明不足すいません。つまりですね、マンガって私からはこう見えるんです」

◆「ははー、なるほど。これだと何となくわかるかも。素材ごとにわかれているわけですね。ちょっとイメージできた気がします」
「もちろん、マンガは卵かけごはんみたいに材料が3つだけじゃなくて、コマ、漫符、ナレーションなどなど、もっと多岐に渡った素材があるんですが」
◆「それらの素材を混ぜ合わせると、マンガができるわけですね」
「そうなんです。こんな感じに」

◆「なるほど。でも、卵かけごはんの話と『マンガが読めない』って、どうつながるんですか」
「マンガというメディアには、卵かけごはん同様『素材を自分で混ぜなくちゃいけない』という特徴があると思うんです。マンガが読める人っていうのはですね、ページをめくるごとに、超高速で卵かけごはんを作って食べているわけですよ。ほぼ無意識のうちに」
◆「いまの説明でやっとわかりました! 絵、コマ、吹き出し、漫符、オノマトペなどの素材を混ぜて、マンガ表現の完成形を自分の脳内で作っているわけですね。それを読む側は自分でしなくちゃいけないと」
「そうなんです。誰も、混ぜる作業を代行してくれない。自分でする必要があるんです。それで私は、卵かけごはんが作れない。何というか、先にごはんだけを全部食べちゃうんですよ」
◆「ほとんど味しないじゃないですか」
「うん。よく噛んだら甘いかな、くらい。それでごはんだけを食べ終えた後に、次は卵を食べるんです」
◆「ロッキーのトレーニングじゃないんですから。卵だけ食べる人なかなかいないですよ」
「それで最後にしょうゆをなめて『しょっぱいな』って思うんですよ」
◆「いや、混ぜてください素材を。しょうゆだけ飲むって、戦時中に徴兵から逃れたい人が身体を壊すためにやるやつでしか聞いたことないです」
「そのー、素材の混ぜ方がわからないんですよね。だから、オノマトペだけ読んじゃったり、コマの枠線が何でこんな形なんだろうとか、延々考えてしまうんです。マンガを『全体として見る』ことができない。いまだに、それぞれの素材を別々に食べちゃうというか」
◆「それ、おいしくなさそうですけども」
「そうなんです。だから、熱々のごはんにしょうゆとたまごを混ぜたやつをかけて、一気にかき込む、卵かけごはんならではの味わい、快感は想像するしかないんです。たぶんおいしいんだろうなーって」
◆「仕方ないんでしょうけど、何だか悲しいですね。マンガの醍醐味が感じられていない、って思うのはそこなんですね」
「はい。マンガが読める人って、ページをめくった瞬間に卵かけごはんが完成してるんですよ。いつ混ぜた? ってくらいのスピードで」
◆「意識したことないですけども……」
「無意識でできてることが、私からするとすでに奇跡なワケです。私はどんなにがんばっても、ページをめくると、ついごはんだけ食べちゃうんです」
◆「その、ごはんだけ先に食べちゃう習慣はどうにかしたいですね」
「自分なりにがんばってみたんですけど、どうしようもないです。私が思うに、おそらく、子ども時代に修練した人だけが、高速卵かけごはん作りの技を身につけるんですよ。そのタイミングを逃しちゃったから、私はずっとしょうゆを飲み続けるしかないんです」
◆「お気の毒に……。そうなってくると、私と伊藤さんだと、マンガに対する考え方も変わってきますよね」
「うん。だからね、卵10個と、お茶碗10杯のごはんを別々に食べて、最後にしょうゆをいっぱい飲んだ私が、『卵かけごはん10杯食べたぞ』って言っていいのかな、と思うことはある」
◆「それは……たぶん食べてないですね、卵かけごはん」
「でしょ? だからスラダンも実際に読んだのか? と言われると、一応読んではいるんだけど、あんまり自信がないんです」
◆「でも三井寿は好きなんですよね」
好き!!!!!
◆「しょうゆ飲んでるわりに、そこは言い切りなんですね」
「三井に関しては、マンガが読める、読めないとかのレベルを超えて好きな気持ちがあります」
◆「だったら、スラダンもそれなりに楽しめてるんじゃないですか?」
「そうだといいんですけど……」
◆「まあ、いつか卵かけごはんが食べられる日が来るといいですね」
「そう思いたいです。おいしいですか、卵かけごはん」
◆「私自身、卵かけごはんを食べてる自覚があんまりないので、アレなんですけども。本日はありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」

好き!!!!!

【マンガは読めない私ですが、スキンケアは得意なので、そんな私の書いた本をぜひ読んでください】

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