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情熱のなさをお金でどうにかしてはいけない
何十万円もする高級ギターを見ると、こんなカッコいい楽器を弾いてみたいと憧れると同時に、自分が買うのは少し恥ずかしく感じる。音楽ってそこまで金かけてやることかという疑問がまずあり、また楽器に見合うだけの腕前がないという技術の問題も当然ついてくる。しかし何より、身の丈に合わない高級楽器を買った結果、「私にはかつての情熱が残っていない」という悲しい事実に直面させられるのがいちばん怖いのだ。
高校時代の私はギターに狂っていた。家に帰ると、制服から着替えるのももどかしくエレキギターをつかみ、気が済むまでかき鳴らした。連日に渡ってギュイン、ギュインとアンプから歪んだギター音を炸裂させつづけた結果、がまんの限界に達した親に「どれほど弾いたところで、上達する見込みがないと自分でわからないのか」と厳しめの注意をされたこともある。いや、そこまで言いますかね。あの騒音に付き合わされた親には気の毒に思うが、ロックンロールってのはさ、見込みがあるとかないとか、そういうことじゃないんだよ。と私はすごくキモい口調で反発したのだった。
思いかえすと、高校時代の私には激しい情熱と大いなる暇とがあった。そのエネルギーの全てをギターに注ぎ込むことができた。だからこそ、安物のギターを何百時間と弾きまくっていっさい不満もなく、恍惚の時間をすごすことができたのである。あまりに没頭しすぎて、部屋の窓を開けたままギターを弾いてしまい、完全にイッた顔つきになっているのを近所の子どもに笑われたとしても平気だった。いや、正直に言いますと、これは平気じゃなくて結構恥ずかしかったです。いずれにせよ、時間の使い方には後悔していないし、とても楽しい経験だった。
何かに没頭する、というのは得がたい体験である。そうした無我の境地が、その人にとっての基礎的な価値観を作るような部分もある。高校時代の私はギターに心底没頭したし、夢中で弾きまくっていた。いま、そのような没頭の体験はむずかしい。まず何より仕事があるし、日々の生活のあれこれがある。食事を作り、部屋を掃除し、家賃を払って確定申告をしなくてはならない。気を抜くとついSNSを眺めてしまうし、 YouTube は次々に新しい動画をレコメンドしてくる。いくら注意しても、なぜかつまらない時間の使い方ばかりしてしまう。私の集中力は瀕死状態だ。
大人になり、多少は値の張るギターを買えるようになっても、今度はギターに対する情熱、ギターにさわる暇がなくなっている。うまくいかないね、人生。このジレンマはどうにかならないものか。何十万もするギターを買っても、置きっぱなしでほとんど触らないとなると、かなり恥ずかしい。金の使い方として相当ダサいし、それだけはどうしても避けたいという思いがある。情熱のなさを金でごまかしている感じがしてつらいのだ。年寄りが、思い出を金で買っている感じがする。
ジョニー・デップはギターマニアで、大量の高級ギターを所有しているが、たぶんそこまで弾いてない。映画の仕事があるし、撮影をしたり、脚本を覚えたりしなくちゃいけないからだ。そして金にあかせてヴィンテージ・ギターを何十本と買い漁ったとしても、全部を弾くなんてむりである。弦を交換したり、手になじむようギターのクセを覚えたりと、1本のギターを弾きこなすには時間がかかる。もう、ギターが大好きだったティーンエイジャーには戻れないのだ。たとえ経済力があったとしても、美学の問題として、そんなにたくさんギターを買っちゃいけないのである。
ニコラス・ケイジは高級車を50台以上コレクションしていた時期があったそうだが、絶対に乗る時間ない。50台。こう言っては失礼だが、ばかの買いものである。どこに置くんだろうか、そんなに買って。あるいは、貧乏だった十代に初めて買った安物の中古車に乗ったときのワクワク感、「車って楽しいな」という気持ちが忘れられなくて、その情熱をよみがえらせるために常軌を逸した買いものを繰りかえしているようにも見える。その、絶対に取り戻せない昔のエモーションを、金でどうにかしようとしてる感じ。一般人なら「買えないから憧れてるだけ」という歯止めがきくが、ハリウッド・スターになりストッパーが外れると、ひとりで車50台買っちゃうおじさんが誕生してしまう。悲しい。
私自身は、3万円くらいの入門者用ギターを使うのが理想である。その安物のギターを信じられないほど上手く弾いて、周囲をあっと驚かせてみたい。もし誰かに「そこまで弾けるなら、もう少し値段の高いギター買ってみてもいいんじゃないですか」と言われたら、待ってましたとばかりに「いや、私はこれで十分なんで」と涼しい顔で答えるのだ。スティーヴ・ヴァイ級に弾けるテクニックがありながら、3万円のギターで満足している男。これがギター愛好家としての私の目標である。ところが先日、欲求に負けて8万円のギターを買ってしまった。8万円くらいなら出せるんだよ、大人だから。ああ、恥ずかしい。