世界でいちばんおもしろい映画
「いちばん好きな映画はなんですか」
人との会話のなかで趣味を訊かれ「映画が好きです」と伝えたとき、「いちばん好きな映画はなんですか」という、答えようのない質問をされることがある。問いかけが雑である。もうちょっと考えてから質問してほしい。そうかんたんに決められるはずがないじゃないか。せめて、いくらかは答えやすいように「20代に見たなかで」「アクション映画で」「ジブリ作品で」など、範囲を限定して訊いてほしいのである。とはいえ、こういう場合のために私はあらかじめ答えを用意していて、それはジョン・ランディス監督のコメディ映画『サボテン・ブラザース』(1986)である。高校生のときに見て、ひっくり返るほどおもしろいと思った。こんなに笑える映画があるなんて信じられなかった。世界でいちばんおもしろい映画は『サボテン・ブラザース』だと、いまでも確信している。
『サボテン・ブラザース』は、無声映画時代の俳優、ラッキー(スティーブ・マーチン)、ダスティ(チェビー・チェイス)、ネッド(マーティン・ショート)の3人が主役の西部劇である。彼らはスタジオを解雇されて行き場を失っていたが、メキシコで新しい仕事があるとオファーを受け、撮影場所の村へ向かう。村を襲う悪党を追い払うシーンの撮影を順調にこなす3人だったが、どうも様子がおかしい。やがて3人は、この依頼が映画の撮影ではなく、本当の盗賊退治であることに気づき、一目散に逃げ出したのだが……というあらすじだ。全シーンがおもしろかった。酒場で歌い踊る場面。本物の銃を撃ってきた悪党を前に、これが撮影ではないと気づき、泣き出してしまうくだり。3人揃っておこなう、キメのポーズ。レンタルで借りたVHSを見ているうちに、このおもしろさの秘密はどこにあるのか、どうしても知りたくなってきた。この映画の秘密を解き明かしたかったのである。この映画に隠されたコメディのからくりを、どうにかして自分のものにしたかった。
全部のせりふを書き出して脚本を作る
そこで高校生の私は、すべてのせりふ、曲の歌詞(この映画は一部ミュージカル仕立てで、歌をうたう場面が出てくるのだ)をノートに書き出して、自前の脚本を作り始めた。せりふの聞き取りで脚本を完成させたとき、『サボテン・ブラザース』の秘密が理解できるかもしれないし、この映画を作った人たちのようにおもしろいことを考えたり、創作したりできるかもしれないと思ったのだ。しかし作業は当然ながら難航した。いまのサブスクやBlu-rayのように、英語字幕がワンタッチで出てくるような時代ではない。また、わからないせりふがあったからといって、ネットで検索することもできない。なにしろ1980年代である。まわりに英語ができる人もいないので、自分で聞き取れなければ調べる方法がない。しかし、『サボテン・ブラザース』に夢中だった私は、聞き取り脚本作成の作業に乗り出したのだった。
レンタルで借りてきたVHSをひたすら再生、せりふをノートに書き込み、レンタル期間が終わったら一度返却しにいって、また借りてを何度も繰りかえしながら、脚本の作成に取り組んだ。全体の3割くらいは、単語が聞き取れない。なにを言っているかまるでわからない部分もあった。高校生だから当然である。わからない部分は「xxx」と書いて、ひとまず先に進んだ。字幕はあまりあてにならなかった。せりふのおおまかな意味を伝えるには、直訳は逆効果なのだ。私の作った脚本は穴だらけだったが、聞き取れる部分だけを最後まで完成した。自分でもよくやったと思う。聞き取れずに困った単語はあったが、いちばん意味がわからなかったのは、酒場で歌う陽気な曲の歌詞だ。映画全体を通して、この曲がもっとも謎だった。
どうしても聞き取れない!
「My Little ナントカ」で始まるこの歌、ナントカの部分がどうしてもわからない。「バラカッ」と言っているが、バラカッが何か、まるで見当がつかないのである。この歌はラブソングだから、相手の女性の名前か。女性の名前がバラカなのだろうか。どうにもぴんとくる答えが得られない。バラカ、バリカ、バルカ。たぶん女性の名前なんだろうと、むりやりに自分を納得させるしかなかった。それ以上に調べようがなく、脚本には「My Little xxx(女性の名前?), has the sweetest smile」と書いて終わりにした。この謎が解けるのは、インターネットにアクセスできるようになった2000年ごろだった。気になることが、なんでも調べられる仕組みができた。そんな状況に置かれた私は、さっそく検索なるものをした。「three amigos cantina song my little」。答えはすぐに出てきた。私が聞き取れなかった単語は、Buttercup であった。
なにそれ。Buttercupとは「金鳳花(キンポウゲ)」と呼ばれる花であり、かわいい女性を比喩的にそう呼んだりもするらしい。そんなこと、福島の高校生にわかるわけないじゃないか。僕のかわいいキンポウゲちゃん(My Little Buttercup)。当時買ったボンダイブルーiMacの画面を見ながら、「知るかっ」とあきれた私であった。10年以上かかって解けた謎は、スッキリというより拍子抜けであった。そんなアメリカ特有の比喩出されたって、こっちは見当つかないよ。それにしてもインターネットって便利だなと、そのとき痛感したのを覚えている。VHSを巻き戻して悪戦苦闘した日々が冗談のようだった。しかし、ああやってひとつの映画の脚本を聞き取りで作ろうなんてムチャなことをして、すごい情熱があったんだなと、過去の自分を誇らしく思うのだった。
気合いの入っていた私
つい最近になって、『サボテン・ブラザース』映画ポスターを手に入れ、額装して部屋に飾った。思ったより満足度が高く、嬉しい。ポスターに書かれた「驚天動地のエスニック・アドベンチャーなのだ!」という、のどかな惹句がいかにも80年代的である。なんだかとてもいい気分になった。それは映画そのもののすばらしさであると同時に、脚本まで作って秘密を解き明かそうとした過去の自分はなかなか気合いが入っていたな、と嬉しくなるような感覚でもある。映画を長らく見ていると、こんな風に何十年も好きでいられる特別な作品があらわれる。『サボテン・ブラザース』は私にコメディを愛する道を開き、英語を学ぶたのしさを伝えてくれた。よその国の文化って楽しい。知らない言語で会話してる人っておもしろい。その気持ちは高校時代から変わっていないのだ。それはそうと、Buttercup だけはどうやってもわかりようがないので、もうちょっとヒントがほしかったと思う私であった。
【映画で学んだコメディのセンスを込めました】