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『カモン カモン』と、あらかじめ壊れた家族

アメリカの家族とは何か

『サムサッカー』(2005)以降、約5年に1本のペースで新作映画を発表しているマイク・ミルズ。彼にとって長年のテーマである「家族」を扱った最新作『カモン カモン』は、白黒で撮影された美しい風景や、構図の考え抜かれたショットがみごとなフィルムです。物語の始まりでは、あるひとつの家族を描いているはずが、やがて「アメリカの家族とは何か」について考えさせ、さらには「アメリカ社会は何を目指すのか」といった広い射程にまで視点が広がっていきます。アメリカ4都市(デトロイト、ロサンゼルス、ニューヨーク、ニューオリンズ)を巡る旅の記録でもあり、各都市に生きる子どもたちのリアルな声を集めたインタビュー集の側面もあります。

ジョニー(ホアキン・フェニックス)はラジオジャーナリスト。彼はアメリカを回ってさまざまな子どもにインタビューする仕事をしています。妹ヴィヴ(ギャビー・ホフマン)と電話で話していると、精神的に問題を抱えるヴィヴの夫が手助けを必要としているという。状態の悪化した父親の姿を子どもに見せたくない、というヴィヴの意向から、9歳になるヴィヴの息子ジェシー(ウディ・ノーマン)をしばらく預かることになったジョニー。ややエキセントリックな性格のジェシーに戸惑いつつ、伯父と甥は共に暮らしながら、ヴィヴの夫が回復するのを待つのでした。

みごとなロングショットの数々

真の意味での「アメリカ映画」

まず何よりすばらしいのは撮影の美しさです。このように説得力のある画面を次々と提示できる点だけでも、映画として格段にすぐれていると感じました。伯父と甥のふたりが、ロサンゼルスの砂浜をのんびりと歩く場面をとらえた、ロングショットのみごとさ。また、ニューヨークの街角を歩くふたりを背中側からうつしたシーンでは、信号が変わって歩き出す瞬間、ジェシーがジョニーの手を取り、ふたりは手をつないで信号を渡っていきます。その何気ない動作だけで胸がいっぱいになってしまうような、両者の関係性が映像によって表現されています。白黒ならではの削ぎ落とされた画面が、とても完成度の高い、ほとんど完璧なショットではないか、と思わせるシーンを見せてくれます。

アメリカの家族はあらかじめ崩壊している。それは当たり前のことなのだ、と作品は訴えます。伯父と甥が激しくぶつかるクライマックス、機能不全の家族を受け入れて生きていくことを、ポジティブにとらえた結末に胸を打たれました。ジョナサン・フランゼンの小説もそうですが、アメリカの家族について語ろうとすると、やがてアメリカ社会そのものについて語ることに直結してしまいます。家族と国のあり方がダイレクトにつながるアメリカ特有のメカニズム、ここが実にエキサイティングなのです。ラジオジャーナリストとして子どもたちにインタビューする、というユニークな設定が生きているのはまさにこの点で、子どもが語る未来はすなわち、アメリカの社会とはどうあるべきかというイメージそのものです。まるでフレデリック・ワイズマンの映画を見ているような、アメリカ社会への考察が感じられ、その点にも深く感動しました。マイク・ミルズは真の意味での「アメリカ映画」を撮ることに成功したのではないでしょうか。

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