『マリグナント 狂暴な悪夢』と、どこまでも追ってくる過去
主人公マディソン(アナベル・ウォーリス)は妊娠中ですが、それでも仕事を続けています。職場から帰ってきた彼女は疲労困憊ですが、機嫌の悪い夫から家庭内暴力を受けて怪我をしてしまいました。夫からの暴力に怯える主人公。その後ベッドに入って眠ったマディソンでしたが、朝起きてみると、夫は何者かによって惨殺されているのに気づきます。やがて、夫を殺したであろう「何者か」は、主人公の脳へ直接イメージを送ってくるようになりました。彼女は「何者か」がさまざまな人を殺す場面を幻視するようになるのです。マディソンは警察に相談し、協力しながら「何者か」を捕まえようと試みます。
思いがけない展開が待っている本作のあらすじについては、ここまでしか説明できないのですが、ホラー映画の定番といえるストーリー展開ならではの「腑に落ちる感覚」がありました。すなわち「過去を葬り去ることはできず、きちんと訣別していない過去はいつまでも追いかけてくる」という筋立てです。多くのホラー作品に共通するこの展開が私は本当に好きで、映画の持つ「暗喩の力」を感じて胸が熱くなるのです。こうしたモチーフが頻出するのは、私たちが多かれ少なかれ、訣別できていない過去を抱えながら生きていて、時おり忌まわしい記憶がよみがえってきて陰鬱になる、といった経験をしているからだと思います。誰しも、思い出したくないできごとがある。ホラー映画にはジャンル特有の語りの形式があるのですが、それは「なにかを怖れる」という、すべての人間に共通する感情とつながっていて、だからこそ魅惑的なのだと、本作を見ていて再確認しました。
『マリグナント 狂暴な悪夢』は、「訣別できていない過去」や「制御しきれない、自分自身のネガティブな側面」といったモチーフを、映像的なインパクトをともなって描く点で優れています。たしかに過去は自分を追ってくるし、忌まわしい記憶には、主体としての自己を乗っ取ってしまうような激しい力がある。ホラー映画における幽霊や殺人鬼、怪物といった存在は、私たちが真に怖れる何か(たとえば過去の忌まわしい記憶や、自分の属するコミュニティが抱える闇のようなもの)の暗喩です。私がホラー映画に興味を抱くのは、映画そのものがひとつの問い──あなたが真に怖れるものは何か?──として機能するためです。そうした暗喩が、荒れ狂う怪物のような姿をともなってスクリーンに登場するとき、私はそのメタファーの力に感動するのです。