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八王子のマザーテレサ

生涯を人助けのために費やし、学校や孤児院、病院をいくつも建てて働き続け、八王子のマザーテレサと呼ばれた私は、死の直前、ついに神と対話することができた。神は私のおこないを見ていてくれたのだった。神は天から舞い降りてくると「そなたは人のために尽くした」と優しく語りかけてきた。初めて見る神は、すごく胴体の長い犬のような生き物であった。やや妙な気がしたが、そこに触れるのは悪いと思い、私は黙って一礼した。

「死ぬ前に、そなたの願いをひとつ叶えよう」と神は言った。
「何でもいいのですか」と私は訊いた。
「ああ、かまわない」
「では、駅でわざと女性にぶつかった男どもに罰をお与えください」
「いいだろう」と神は答えた。
「未来永劫、罰が続くようお願いします」
「よろこんで」と、神はやるき茶屋形式で答えると、その姿は見えなくなった。

そして私はこの世を去った。

その日から、男どもに罰がくだった。ぶつかられた女性の感じた身体の痛みが、1日に1度、男性の側に戻ってくるようになったのだ。もし、これまでにぶつかった相手が合計15人いた場合、15人の感じた痛みがすべて合算され、15人分の痛みとして毎日どこかのタイミングでやってきて、男の身体を苦しめる。なかには、過去に500人以上の女性にぶつかった男もおり、彼は1日に1度、激痛で失神する羽目になった。1日のどの時間帯に痛みがやってくるかは決まっておらず、彼らは不定期にやってくる苦痛におびえながら暮らすこととなった。

会社員のAは、クライアントと商談中に激痛でもんどりうった。自営業のBは、トラックの運転中に気を失ったまま田んぼへ突っ込んだ。年金生活者のCは、夜中に衝撃で目覚めた。中学教師のEは、髪を染めた生徒に説教をしている途中で「ぐえっ」と声を上げながら床に倒れ込んだ。市議会議員のFは、ゴルフコンペの優勝トロフィーを受け取る瞬間に、白目を剥いて表彰台から転げ落ちた。誰もが女性を狙ってぶつかっていた。自分より身体の小さな女性に勢いをつけて思い切り衝突し、倒れた女性が小さな悲鳴を上げるのを、彼らは何度も見た。数多くの女性が感じた痛みは、いま彼ら自身に戻ってきている。1日に1度。死ぬまで毎日。

一部上場企業役員のGは、1日に1度やってくる原因不明の痛みがストレスになり、そのストレスを解消するために駅で女性にぶつかった。そしてぶつかればぶつかるほど、毎日の痛みが大きくなることに気づいた。しかし、もう手遅れだった。ある日、コンビニ前の駐車場でGが失神しかけていると、光に包まれた存在があらわれた。

「お前は誰だ」とGは言った。
「私は、八王子のマザーテレサです」と、光に包まれた存在は答えた。
「聞いたことねえな」
「うふふ、ところであなたはいま身体が痛いですか?」
「痛いんだよ。お前、これを治してくれるのか?」と、Gはわらにもすがるような思いで、しかしそのわりには非礼な口調で問いかけた。
「いえ、ただ訊いただけです」
光に包まれた存在はそう答えると、満足そうな顔をしてどこかへ消えた。

【おわり】

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