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『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』と、使ってしまった禁断の切り札

※作品の内容や結末に触れています。

社会現象化した作品に決着をつける

前作『ジョーカー』(2019)は、全世界で10億ドルを超える興行収入を記録した大ヒット作品である。劇中で描かれる鬱屈した男性像や、ホアキン・フェニックスの熱演によって社会現象化したが、同時に、主人公ジョーカーを真似た模倣犯が現実に犯罪を起こすなど、マイナス面も注目された話題作であった。こうした経緯を受けて作られた続編は、なんとミュージカルにして法廷劇。まるで映画作家みずからが、制御できないほどに過剰な影響力を持ってしまったジョーカーというキャラクターの裁判をするかのような、意外な展開に驚いた。美しく格調高い画づくり、ショットの力強さも印象的。殺人事件の犯人として刑務所に収容されていたアーサー(ホアキン・フェニックス)は、裁判を控えて、弁護士のメアリー(キャサリン・キーナー)と話し合いを進めていた。そんななかアーサーは、刑務所内の合唱部でリー(レディ・ガガ)という女性に出会う。リーはジョーカーの信奉者だった。

本作で特筆すべきはミュージカルシーンである。どの場面もすばらしく、魅了された。本作における歌唱場面はアーサーの空想として描かれるが、だからこそ「彼の内面はこのように揺れ動いているのか」と感じる美しさがあるのだ。ミュージカルの場面はどれも、映画的な躍動に満ちている。わけても劇中、アーサーが最初に歌う「For Once in My Life」は圧倒的であった。囚人たちの集う、むさくるしい休憩所で、自由に踊りながら "For once in my life, I have someone who needs me"(生まれて初めて、誰かに必要とされた)と歌うアーサー。きっと彼は、この曲の歌詞を腹の底から実感できるような経験をしたのだろう。恋をしたとたん、これまでに慣れ親しんできた音楽が違って聴こえる。世界は異なった様相を帯びてくる。そうしてひとたび他者のあたたかみに触れると、アーサーはジョーカーという別人格を演じることができなくなってくるのだ。ごく普通の人間として、愛し愛されたいという欲求が湧いてくる。かつて、もう人生などどうでもいいと自棄ヤケになった「無敵の人」は、犯罪に手を染めて囚人となり、自由を奪われた後に、ずいぶん遅いタイミングで生きる希望を見い出してしまったのである。

空想のなかで歌い踊るふたり

もう後戻りできない

ここでアーサーを苦しめるのは、リーはあくまで「扇動者・ジョーカー」に恋をしているのであって、アーサー本人の資質には興味がない点だ。裁判所を取り囲む群衆も、リーも、みなアーサーに「ジョーカーとしてふるまうこと」を期待している。だからこそアーサーは、いくら苦しくともジョーカーを演じなくてはならない。人びとは、扇動者としてのジョーカーを待望し、世界を混沌へ導く者として破壊的であれと無責任に願っている。もはやアーサーは、ありのままの自分を愛してほしいとは言えなくなってしまった。なぜなら、暴力性、怒りに任せた破壊、扇動という禁断の切り札に手を出したのはアーサー本人であり、いまさらそれをなかったことにはできないからだ。先日公開された映画『ヒットマン』でも、主人公が殺しを請け負う暗殺者のフリをしたことで女性に好かれてしまい(「人を殺したことがあるなんてスゴいわ!」)、いまさら自分が本当はマジメな大学教授(趣味は読書と猫の世話)だとは言い出せない、というくだりがあったが、構図としては同じである。一度、別の仮面をかぶってしまえば、もう元には戻せない。一度使ってしまうと後戻りできない種類の切り札があるのだ。

暴力性や怒りに任せた破壊、扇動といった危険なカードを使えば、短期的にはめざましい結果が出る場合もあるが、長期的には不幸になるしかない。禁じられた切り札を使って一度はカリスマに祭り上げられたアーサーだが、ジョーカーが脚光を浴びたのはある種のドーピングの結果であり、その副作用によって苦しむしかなくなる。すべてをぶち壊せ、社会を混沌に導けという破壊的な選択をおこなった主人公には、その報いが訪れることとなる。ようやく幸福を見つけたものの、過去の自分の選択に苦しめられる展開が、続編として誠実なメッセージだと感じた。本作に失望したファンは、いわば裁判所を取り囲む群衆であり、もっと扇動してくれとより自暴自棄な破壊を期待していたのかもしれない。しかし私は、リーに捨てられる主人公が好きだし、束の間の恋愛(の幻影)に生きる希望を見出す姿にも胸を打たれた。主人公がいくら愚かであっても、少なくとも彼は変わろうとしたのであり、人間が変化する様子には可能性がある。ラストの陰惨さですら、アーサーが人生の最後に垣間見た希望とのコントラストを感じさせ、心に残った。世間に大きな影響を与えた前作に対するアンサーとして、理想的な内容ではなかっただろうか。

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