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『リスペクト』と、男性の加害性について

アレサ・フランクリンの伝記作品

映画『リスペクト』は、ソウル歌手アレサ・フランクリンの生涯を描いた伝記作品です。彼女の生い立ちやキャリアはもちろんのこと、アメリカ史とのつながりとして公民権運動がフォーカスされ、彼女自身の政治意識や、マーティン・ルーサー・キングとの関係性についても描写されます。また、ブラックコミュニティにおける教会と音楽の関係性がよく伝わる構成もすばらしく、発見が多いものでした(日本では、私も含めて「黒人地域社会における教会の役割」といった、アメリカ文化に関する基礎的な知識が足りていない観客は多いと思います)。当然ながら、レコーディングの風景やライブシーンなど、音楽映画としての魅力も備えています。とはいえ、本作最大の特徴として挙げられるのは、主人公がさまざまな男性からの束縛、脅しや暴力を受けて苦しんだ経緯を克明に描いた点にあるのではないでしょうか。

アレサ・フランクリン(ジェニファー・ハドソン)の父親(フォレスト・ウィテカー)は、娘を徹底して管理し、歌手として売りだそうと躍起になります。どのレコード会社と契約し、何の歌をうたい、服装をどうするか。父親は主人公のすべてを執拗にコントロールしています。娘の態度が悪ければ鉄拳制裁をも辞さない父親はしかし、女癖の悪さがたたり、離婚経験がありました。父の浮気のせいで、愛する母と離れて暮らさなければならなかった経緯もあり、アレサと父の関係は愛憎半ばといったところでした。

父親の理不尽な管理から脱却しようとしたアレサですが、父親と訣別し、代わりに選んだマネージャー兼恋人(後に夫)のテッド・ホワイト(マーロン・ウェイアンズ)もまた、主人公を脅迫と暴力で押さえ込み、自分以外の人物と会話させないようにし、外出の際に自分の許可を取らせようとするタイプのみじめな男性でした。彼女は夫との関係でも苦しみ、なかなか思うようにキャリアを前進させられません。くわえて、そこまで具体的な経緯は描写されていませんが、まだ子どものような年齢だったアレサは、正体不明の男性から性的関係を強要されて妊娠する経験をしており、この事件が彼女に残した精神的な傷の深さについても描かれています。このように、主人公の人生は男性の加害性とのたたかいでもありました。

男性との関係、その苦しみ

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アレサの人生を大きく損ねた男性の加害性について考えながら、暗澹たる気持ちになって映画館を出た私でしたが、その後、現在 Amazon Prime で配信されている『サバイビング R.ケリー :全米震撼! 被害女性たちの告発』(2019)というドキュメンタリー作品を見る機会がありました。未成年女性への性的虐待などで有罪が確定している米歌手 R.ケリーもまた、数多くの女性を家に閉じ込めて暴力的に管理していたことが、被害者やその家族によって語られています。R.ケリーは、女性がトイレに行く、食事をするといった際に必ず自分の許可を得るよう指示をしていました。ほんらい誰の承認も不要なはずの、食事や排泄といった基本的行為に許可を求めることを義務づけられ、また何日も食事をさせない等の罰を与えられることで、女性はしだいに主体性を喪失させられ、R.ケリーの意のままに操られてしまうのだそうです。恐怖でぞっとしました。

『リスペクト』でも、アレサは暴力を振るった夫を許し、ふたたび暴力を振るわれるといった経験の後にようやく離婚するのですが、『サバイビング R.ケリー』に登場した専門家は、虐待被害にあった女性が男性と別れるまでには、平均で6~10回、離別を試みなければ成功しないと述べていました。「周囲からすれば『ただ立ち去ればいい』と思うかもしれないが、それが本当に難しいのです」と『サバイビング R.ケリー』では語られています。本作は音楽映画であるため、ほんらいであれば主人公の音楽業界でのキャリアやディスコグラフィといった点に着目すべきなのかもしれませんが、男性の加害性があまりにも強烈であったため、そのことしか考えられなくなってしまったというのが実情です。

なぜここまで女性へ加害しなくてはいけないのか、同じ男性として理解に苦しみました。他人を管理したり、意思を喪失させたり、暴力を振るったりすることになぜこのように固執するのか、うまく想像がつきません。『リスペクト』における告発の姿勢は、女性監督リーズル・トミーの制作意図が大きいのかもしれません。英語圏では「他人の弱みにつけ込むこと。他人を操作し、都合のいいように利用すること」といった意味を持つ manipulate の概念が広く浸透しており、その問題性も認識されていますが、日本ではまだ「なぜ manipulate が悪いことか」が深くとらえられていないと感じます。もしここまで男性に苦しめられなければ、主人公が思い描いていた、よりよい人生が達成できたはずなのではと感じ、悲しくなった作品でもありました。

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